3年生まで通ってた小学校。こんなに緑たくさんだったっけ。 ただいま。小さいときの記憶そのままだった。 トップスばかりお買い物。

オープンキャンパスへ行ったあと、大阪まで遊びに行こうかと思ったのだけど 途中までの切符を買った。私が生まれてから9年間住んでいた町を久しぶりに 見に行きたいと思った。毎週末お父さんに連れて行ってもらったデパートは、 ずいぶんお店が入れ替わっていた。でも中央広場にハトがたくさんいるのは変 わっていなくて、エスカレーターの手すりの色もそのままだった。ふとときど き懐かしい香りがした。私の中の色んな感覚が、覚えてた。私の住んでた町。

すっかり町並みも変わってた。もう少しで住んでたマンションも通り過ぎちゃ いそうだった。覚えている建物を発見する度、タクシーのおじさんにスピード を落としてもらった。家から小学校はこんなに近かったんだ、だとか、歩道橋 はこんなに低かったんだ、なんて色んな発見があった。歩道橋を見て、初恋の ときちゃんを思い出した。ふと意味もなく振り返ってみる。ときちゃんは私よ りも先に転校しちゃって、この町にいるはずなんかないのに。

久しぶりに神戸や大阪の街を歩いた。たくさんのたくさんの人。何だか階段の 人のことで悩んでる私が、とっても小さいものに思えた。とってもオシャレな 人やキレイな人を見ながら、悩んでる暇があったらオシャレに時間をかけたほ うがずっといいなぁなんて思った。

私の大好きな場所。第一志望の大学に合格したら、また戻ってくるからね。帰 りのバスの中。やっぱり私の行きたい大学は素敵なところだったから、前より ももっと気持ちが強くなった。英単語帳を見ながら、今日あったいろんなこと を思い出す。もしお父さんの転勤がないまま、ずっとあの町に住んでたらどう なってたのかな。いろんな恋、やっぱりしてただろうな。たくさんたくさん人 がいるから、階段の人よりもいい人がいっぱいいるかもしれないな、なんて思 ってみた。

それでも、少し田舎で人も少ないところで、方言いっぱいしゃべるし女心をあ んまり分かってくれないけど、階段の人を好きになれてよかったって思った。 バスを降りて、いつもの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。私、この町も好きだ と思った。

7月20日(日) 晴れ ときどき くもり

 

小雨が降ってた。傘差し運転はやっぱり苦手で、いつもの電車は当たり前のよ うに過ぎていっちゃった。学校に電話で『遅刻します。』と伝えて、のんびり 古びた駅のベンチに座る。3年になって2回目の遅刻。好きな人と上手くいって いるときって、不思議と遅刻とかしていなかった。早起きばかりしてたのがと ても懐かしく感じてしまう。気持ちを入れ替えないと。

1時間目には何とか間に合って、コンピュータ室のドアを開ける。タニミカや 氏家ちゃんが『おはよ〜!どしたんかと思た。』って笑ってた。『ワンギリし たんで〜!』ってタニミカが言ってて、携帯を見ると着信履歴に残ってた。 氏家ちゃんも『どした??』ってメールをくれてて、何だか私って幸せだなって 思った。ただの遅刻なのに、心配させてしまってごめんね。ありがとう。

クラスで一番可愛い男の子、ヨシモの身長が意外と高かったみたいで、みんな で騒いだ。『うちより6センチも高い!』って私が言うと、背の高いゆきちゃ んが『やーん、むちゃうらやましいんやけど!』って本気で言ってて笑った。 ヨシモは可愛くて控えめでとっても優しくて気が利いて、男子にも女子にも大 人気な人。毎日みんな『おはよう』と『バイバイ』を言うのを競ってる。ほん とに可愛いんだってば。

全校集会や団集会があるの、前はとっても楽しみだったのだけど、今はあんま り楽しみじゃない。いつからこんな気持ちになっちゃったんだろ。目で追って しまう。気にしないようにしようって思えば思うほど、見てしまう。夏休み中 の課外のプリント取りに行くとき、階段の人もプリント取ってて「同じの受け れるんだ」って嬉しくなってしまった。嬉しくなっちゃだめなのに、すっごく 嬉しかった。

放課後2時間くらい勉強したあと、あゆみちゃんが教室に行くって言ってたか らついていくことにした。『・・向こうからまわったほうがいいかな?』って言 ってくれた。階段の人の教室がないほうを通る?ってこと。変に気にするのも だめかなって思って『こっちからでええよ!』って言った。もう帰っただろう と思ったし。でも、教室にちゃっかりいた。直接は見てないのだけど、雰囲気 で分かってしまった。

ちょうど階段の人たちも教室を出るところだったみたいで、私たちの後ろを歩 いてる感じになった。声が聞こえて、何だか不思議な気持ちになった。一緒に 隣を歩いたときのこと、勝手に心の中で思い出してしまった。どんどんずるず るした女の子になっちゃってる気がする。

『好きなもんはしょうがないやん!』とか『だって好きなんやろ?』とか『無 理に嫌いになろうとしたらいかんて』って、友達から言ってもらったたくさん の言葉を何度も繰り返す。バカみたいだけど、何かいっぱい好きになっちゃっ たんだよ。好きな子いるって知っても、気になっちゃうよ。

いつかこの気持ちが小さくなって、また新しい恋とかしちゃうと思う。気持ち の変化、少しずつだけどちゃんとやっぱり書き残したいなぁって思った。

7月18日(金) くもり ときどき 雨

 

移動教室。岩澤ちゃんとタニミカが戻ってくるのを待ってたら、廊下にいた階 段の人と目が合った。心の中はあたふたしていたのだけど、アンパンマンのう ちわをパタパタさせながら何にもなかったふり。ふたりはなかなか戻ってこな くてお願いだから早くして〜って感じだった。階段の人は宿題があたってたみ たいで、黒板に答えを書き始めた。私は一番前の席だから、ほんとに近くなっ て沸騰しそうだった。友達くんと話す声が聞こえて、もうダメ〜って思って教 室を飛び出した。しばらくして岩澤ちゃんたちが戻ってきて、よかったって思 った。

休み時間だとか放課後だとか、階段の人は好きな子のクラスに遊びに行ってい るみたい。いつもその教室から出てくるときにこにこしてて、この人はほんと に分かりやすいな〜って思った。私が好きになった人じゃなくなっちゃったみ たいで、遠く感じた。いつか平気になっちゃって、いつか何もかも忘れちゃっ たりするのかな。

7時間目は防災訓練。色んな方のお話よりも、日焼けしちゃうことが気がかり で、そしてそれよりも階段の人のことが気になって気になってしょうがなかっ た。階段の人が起震車体験してたりして、もう何だか笑えてきた。しかも女の 子と一緒に乗れて嬉しそうだったし!もう笑うというか、呆れてしまった。

ずっと一緒に恋がんばってきた、後輩のまこっちゃん。『告られたぁぁ!』っ て涙流しながら報告してくれた。ずっと片想いしてた彼には好きな子がいたみ たいなのだけど、やっぱりまこっちゃんの一途な思いに惹かれたみたい。私も 何だかすごくすごく嬉しくなって涙が出そうだった。よかったよかったー!!

7月17日(木) 晴れ

 

食堂で氏家ちゃんがパンを買うのを一緒に並んで待つことにした。お昼の放送 でELTの曲が流れる。思わず口ずさむ。『カラオケ行きたくなってきた〜』っ て氏家ちゃんに言ったとき、入り口のところに座っていた階段の人と目が合っ た。でも何だか恐くなって見なかったふりした。氏家ちゃんと笑いながら、さ っき目が合ったことが無かったことのように思えてきて、もっと見つめておけ ばよかったと思った。今度こそって思って見たときは、大きな背中しか見えな かった。

そうじの後、階段の人と友達くんたちが廊下でお話してた。私はそのとき岩澤 ちゃんや上野ちゃんたちと大笑いしながら歩いてたのだけど、いっきにほっぺ が緊張して変になっちゃったのが分かった。階段の人は教室に入っちゃって、 目の前を通り過ぎる形にならなくてよかった〜なんて思ったのだけど、友達く んがじ〜っと私の表情見てて、なんかやだった。その友達くんは私の気持ちを 全部知ってる人だから。(階段の人が話したみたい)きっとメールを止めたこと も、その理由も全部全部知ってる人だから。

放課後、図書室で上野ちゃんと勉強した。途中ふたりとも机に伏せたり、お互 いのMDを聴き合いっこしたりしたけど、集中できたと思う。私が帰る時間に なったとき、上野ちゃんも食堂に行くついでに靴箱まで見送ってくれることに なった。バイバイをしたあと考えごとしながらペタペタ歩いてたら、食堂でド ーナツを買った上野ちゃんがドアから出てきた。『ごっち遅!笑 もうすっか り帰ったんかと思てたわ!笑』って言ってて私も笑った。『のんびりしすぎて 事故あったりせんようにな!』って言ってくれて、嬉しかった。無事帰れた よ、上野ちゃん。

帰りの電車、たにーと一緒になった。たにーには前から階段の人とのプリクラ を見せてあげる約束してたのだけど、ずっとずっと機会がなくて見せてなかっ た。ちょうど持ってたので見せると『ひゃぁ〜☆』ってずっとずっと言って た。完全に諦める前でよかったって思った。まだ好きの気持ちが残ってるから 一緒になってひゃぁ〜って言った。もう少しで、見せれないままになっちゃっ てたかもって思った。

7月16日(水) 晴れ

 

いつのまに、こんなに見つけるのが上手になったんだろう。遠く離れた廊下に いても、教室の端っこにいても、気がついたら雰囲気を探してる。目で探さな くてもどこにいるか分かるよ。でも今までとは違う。気がついたら私は背中ば かり見てた。私が、じゃなくて彼のほうが背中を見せているのかもしれない。 もう前みたく照れ笑いした顔や、目が合って気まずくなるのさえできないのか もしれない。

階段の人が笑顔の理由を知ってしまったから、余計にその背中が冷たく感じ る。階段の人も恋してたんだ。だから私は惹かれたのかな。女の子は恋をする とキレイになるっていわれているのと同じで、男の子も恋をしたら何かが輝い ているんだと思う。その輝きに惹かれたんだ。でもその笑顔を見るのが平気で いられるほど、まだ強くはないよ。

『昨日、ダンス可愛かったよ!』って色んな友達や先生が言ってくれた。いっ ぱい練習して本気でがんばったから、嬉しくていっぱい喜んでしまった。可愛 いって言われるのは照れくさくて苦手なのだけど、嬉しかった。センターで踊 ったのが目立ってたみたいで、思いがけない人からもそんな言葉をもらえた。 ダンスのメンバーに入ろうと思ったとき、一番に「階段の人に見てもらえるか も」って思った。がんばってのって階段の人が言ってくれたからがんばれた。 一瞬でもいいから、見てくれたかな。一番感想をもらいたいのは、階段の人な のに。

あゆみちゃんがとっても幸せそうにお話をするから、私のことを話すのは何だ か自分でも場違いだと思ってしまった。それでも私の話を聞いてくれると言っ てくれたので、最近のことを全部話した。あゆみちゃんの大きな目に涙を浮か べさせてしまった。やっぱりウソを付いてでも、話すべきじゃなかったなと思 った。今度は一緒にあゆみちゃんと嬉し泣きしちゃうくらいのお話をするから ね。今日はありがとう。

放課後の教室が好きだ。いつのまにかおしゃべりしてた声が、シャーペンの音 に変わるの。みんなの夢に置いていかれないように、私もがんばらなくちゃ。 遠くでセミの声。今年の夏はじめまして、だね。

7月15日(火) くもり

 

緑色のメガホン 歓声 とびきりの笑顔 「つかめ勝利 勝利をつかめ」 高校最後の夏

緑がこんなにも優しくて力強い色なんだと分かる瞬間。緑色のメガホンが歓声 の中で揺れる。私は3年間応援のマネージャをしてきたので、3年間それを下 から見上げてきた。1年のときは野球に夢中になりすぎたせいで『マネは団員 やダンスの人を支えるものなの。試合ばかり見ない!』と先輩に注意されて、 こんなことになるんだったら私もメガホン持って応援したかったや、なんて思 ってた。去年は仕事にも大分慣れて仕事も試合観戦も両立できた。ホームステ イがあったので勝ち進んでた野球部を最後まで応援することができなかったけ どとてもいい思い出になった。

試合が始まる少し前、はるみと松谷が両手にポンポンを結んでくれた。最後に 11人で合わせて踊った。いっぱい笑った。2週間前、初めて「タッチ」の練 習をし始めたときのことがほんのさっきのことみたいに思えた。何か思い出に したいと思って、マネージャだけでなくダンスもすることにした。一緒に踊る メンバーが明るくて面白い子ばかりで、毎日放課後が楽しくてしょうがなかっ た。

みんなの前でダンスをする(特に3人で前に出るルパン三世とか)のは思ったよ りも恥ずかしくて、笑顔〜って言われてもひきつりまくりだった。でも逆に回 っちゃったときとかに笑って緊張がほぐれたり、「狙いうち」の変な振り付け にナルと踊りながら大笑いしたりして、ちゃんと笑顔になった気がする。

そんなときもずっとずっと見上げたら緑色のメガホンが揺れてて、たくさんの 歓声やメガホンをたたく音が響いてた。肩組んで律動しながら、点が入ったと きに思いきりジャンプしてウェーブしながら、この緑は絶対に忘れられないな って思った。本当にとっても力強い色だ。

試合は一瞬も見逃したくないほどだった。攻めるときも守るときも。気がつい たら両手を組んでお願い事をする感じになってた。先取点を取ったり、逆転さ れたり、追い上げたり、追いつけなかったり。最後にサイレンが響いたとき、 目が熱くなってた。横にいたナルやしおりちゃんとギューってした。緑のメガ ホンで思いきり叫んだ。すごくすごく良い試合だったと思う。最後に応援団員 としてみんなの前で礼をしたとき、何だかほんとに涙がこぼれそうだった。

できるだけ考えないようにしようとしていたのだけど、緑の中に階段の人の姿 を探す私がいた。見つけても、目が合うことなんてないのだけど。私、ダンス がんばったんだよ。気づいてたかな。階段の人との繋がりが何にもなくなっち ゃったから、努力して視界に入らないと見てくれないと思ったから、思いきり がんばったんだから。一瞬でもいいから、見てくれていますように。

帰りのバスで応援団員やマネージャ、ダンスのみんなでゲームをした。いっぱ い笑って、すごく楽しかった。この雰囲気って高3ならではだと思う。でも私 の中では遠足のときのバスでの思い出がドキドキしすぎたから、それ以上を求 めようとしてた。神戸までの道のり、2つ前を走っているバスに乗った階段の 人とずっとメールをしたこと。まだメールをし始めたばかりだったから、ひと つ何かを知れただけで嬉しくてしょうがなかったんだっけ。

今日の緑のメガホンも、いつかすっかり思い出になっちゃうのかな。遠足の 日、メールをしたことがこんなにも思い出になっちゃうなんて思ってなかっ た。全部がすっかり思い出になっちゃうのかな。もうドキドキする思い出は 階段の人と作ることはできないのかな。

7月14日(月) くもり

 

「なんか変な顔しよるの。」 「可愛い。笑」 幸せ者! 2曲目と3曲目 “P.S. 映画楽しみにしてるね。” 「階段」

まだまだ赤ちゃんなのに 口紅なんかして大人のふりしてる
赤ちゃんがつけたその口紅は 恋するための 魔法の口紅

ママの口紅を こっそり内緒でつけてみる
ママみたいに上手にできなくて 涙がこぼれた

でも何だかドキドキした
鏡の前のわたし いつもよりもキラキラしてた

口の周りを真っ赤にしたわたしを見て ママが優しく微笑んだ
「それは恋する魔法の口紅なのよ」

 
恋って何のことか分からなかったけど
やっと分かった気がするよ

涙がこぼれたり ドキドキしたり キラキラしたり
はじめてママの口紅をつけたときと おんなじ気持ち

まだまだ赤ちゃんなのに 口紅なんかして大人のふりしてた
わたしがつけたその口紅は 恋する気持ちを教えてくれた

大人になりたいと思っていたのは 恋を知りたいと思ったから?
Baby lipstick わたしの魔法の口紅

7月12日(土) くもり

 

一緒に映画行ったときのバッグ。 一緒に映画行ったときのマニキュアはなくなっちゃった。

七夕の日の夜。階段の人と、メールをやめることになった。涙も出ないくらい 何にも考えられなかった。今までありがとうって気持ちを、絵文字いっぱい使 って明るく書いた。お互い勉強がんばろうねって、バイバイって。ほんの数時 間前、ピンク色の短冊に込めたお願いごとは、きっともう叶わないものとなっ た。目を閉じて、本当に私は階段の人のことを、こんなに好きになってたんだ なぁって、強く強く実感した。

階段の人は長く長く書かれたメールをくれる前に「やっぱいいづらい。」なん て言ってた。私は階段の人が何を言いたいのか、すぐに分かった。本当は言っ て欲しくなかったけど「なになに?むちゃ気になるよ。」なんて送った。自分 から「メールのこと?」なんて聞けなかった。言って欲しくなかったし、言え なかった。

ひとことでまとめたら、私の気持ちが大きすぎて答えられないのと、勉強に集 中したいってことなのだと思うのだけど、階段の人はできるだけ私を傷つけな いようにしてくれたのか長く長く書いてくれていた。やっぱり私が好きになっ たこの人は、とっても優しいなぁと思った。ほんとは最後に告白してスッキリ させたかったのだけど、階段の人は告白されても困るだけかなぁと思って言わ ないでおいた。何度も書いて、何度も消した。やっぱり今も好きだよって気持 ち。

次の日、いつもよりも目が合う回数が多かった。窓越しに目が合ったとき、一 瞬動けなくなった。教科書ギュってして、目をそらした。気になって気になっ て、勉強どころじゃなかった。学校に来たら辛くなるかな、なんて思っていた けどいつもと何にも変わらない気持ちだった。やっぱりやっぱり大好きだと思 った。気がつけば目で追ってる。すぐに見つけられる。ドキドキしてる。

電車の一番後ろ、手すりを持ちながら路線図を見る。横を見ても階段の人はい るはずがなくて、こんなことならあのときずっと見つめておけばよかったと思 った。肩が触れそうで、すぐ隣にいる階段の人を恥ずかしくて見れなかった、 一緒に映画を観に行った日。図書室の前で手すりにもたれてみても、前みたく 廊下を曲がって階段の人は飛び出てきてくれない。あのとき下を向かずに、じ ーっと見つめてたらどうなってたかな。

タニミカと岩澤ちゃんとレポートを仕上げるために冷房の効いた図書室へ行く と、階段の人が机に向かってた。ほんとは離れた席に座ろうと思ったのだけど 階段の人のいるテーブルの、ひとつ前のテーブルに座ることになった。メール をやめることになったとき、少し前にメールの期限を決めようみたく言ったこ とをとてもとても後悔したのだけど、これでよかったんだと思った。やっぱり 私たちは受験生で、なかでも階段の人は毎日休み時間も放課後もずっと机に向 かっている。私はそんな階段の人が好きだ。だから私も志望大学に向けて思い きりがんばろうと思う。

「春」という季節の中に、溢れるくらいドキドキした思い出ばかりが詰まって る。毎日が本当にドキドキの連続で、毎日が夢みたいだった。幸せってどんな 気持ちなのかが分かった気がした。今までいっぱい恋はしてきたはずなのに、 本当の好きって気持ちがやっと分かった気がした。メールという接点はなくな ってしまったけど、もう勇気を出したりがんばったりはできないけど、きっと 私はまだ好きなんだろうなぁと思う。

季節は「夏」になった。また階段の人との思い出を詰め込みたいのだけど、言 えなかった好きって気持ちと一緒に、この想いもそっと心の中にしまっておこ うと思う。でもふざけ半分で約束した誕生日には、プレゼントを贈りたい。そ う思ってるくらいはいいかな。「えーよ。」っていつもみたく言ってくれるか な。なんて思ってみたりなんかして。

7月10日(木) 晴れ

 

恋の味? はちみつ。

いつのまにかカレンダーは残り6枚になってた。駅へ向かうだけで、鼻の頭に 汗をかいちゃう。電車通でよかったって思える季節が来た。冷房のきいた電車 でミニタオルを鼻にあてる。単語帳や問題集を持ったふじことあゆみちゃんが 『おはよ〜ごっち!』って笑った。『おはよ〜!』って言いながらふじこの横 に座って、私も地理の参考書を開いた。

岩澤ちゃんが日本史のノートを見ながら『私、まだ縄文のとこやけん。笑 も うどうしよ〜!!』って言ってて笑った。岩澤ちゃんの前の席に座って壁にもた れた。ふと廊下を見ると階段の人が友達くんと通ってた。『おし、がんばろっ と。』って言ったら、岩澤ちゃんが『あのひと見て元気出たんやろ。』って笑 った。私も笑った。

階段の人の教室で受ける教科のときは、勝手にひとりでドキドキしてた。その とき階段の人は違う教室で模試を受けてたのだけど。同じクラスだったら、ど んな風に思ってたかな。やっぱり気になってたかな。普通にお話したりできる 仲だったかな。でも同じクラスだったら、きっと映画には行かなかった気がす る。なーんて、思ってみた。

『ごっちが嬉しそうな理由分かったわー、模試終わったけんメールできるから やろ?当たり?』とジャスミン。大当たりでした。帰りの電車、ずっとジャス ミンとお話した。『月曜日、ごっちの嬉しい報告聞けるん楽しみにしよるけん ね!』って言ってくれた。『楽しみにしよってね!笑』なんて宣言してみた。

1週間ぶりのメール。何となく着信音量をゼロにしてみた。携帯がピカピカ光 るたびに、心の中の私が叫んでる。私はいつも初めに『今大丈夫?』って感じ で送るのだけど、階段の人が"大丈夫やで。"って言ってくれるのが嬉しい。そ のあとは模試のこと、野球応援のこと、ダンスすること、ドラマのこと、いっ ぱいお話した。普通のお話してるだけなのに、それが嬉しかった。

学校のホールにある大きな笹に飾る短冊を、階段の人は月曜に書くみたい。私 はいっぱい書いたよ〜って言ったら、何書いたのか聞かれたのだけど、大学の ことだけ教えた。ほんとはそれ以外にも書いたのだけど、本人の前で願い事な んて言えるわけないし。はー、ドキドキした。階段の人は何を願うのかな。や っぱ進路のことかなぁ。

メールの最後に、ずっと言わなくちゃいけないのに言いたくなかったことを書 いて送った。これからのメールのこと。入試が近づいてきたら、こんな風にメ ールするのは負担になるから。でも自分から期限を決めるのはどうしてもでき なくて、階段の人に決めてもらうことにした。"わかった。またゆーわ。"とだ け返信が来た。ひとことだけだったから何だかショックだったけど、"もうや めよう。"なんて言われなくてよかったって思った。

もしかしたら次の期末テストまでかもしれないし、夏休みまでかもしれないし 明日かもしれない。今が受験生じゃなかったら、こんなこと決めなくてよかっ たのに。でも負担にはなりたくないし、負担にしたくない。恋もがんばりたい けど、私にとっても勉強はやっぱり大事だ。でも、何だかうまく言えないけど メールをやめる日までは恋も思いきりがんばろうと思った。

7月5日(土) 曇りのち晴れ

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