午前1時ころからバイト先のみんなでボウリングに行くことになっているの だけど、今から少し寝ようと思っても絶対に起きれないやぁなんて池ちゃん とのメールでお話してた。そしたら「ちょい寝とき。おれが電話で起こした るわ。何時くらいがいい?」と言ってくれて、時間を言ったはいいけど余計 に眠れなくなってしまった。

携帯を枕元に置いて、夢だかただの考えごとだかわからないけど、パックン と夏に会ったときのことを思い出してた。少し雨が降っていたんだっけ、意 地悪なことばかり言っていたけど、屋根のあるところを選んで自転車の後ろ に乗せてくれたんだよなぁ、なんてそんな小さな思い出だけど。

部員専用の着信音が部屋に響き渡って、ほんの少しだけコホンと声を整えて みてから「もしもし」と電話に出た。思ったよりも眠そうな声にやっぱりさ っきのは夢だったのかなぁなんて自分で驚きながら、池ちゃんにありがとう を言った。池ちゃんの声はすごく優しくて温かいなぁと思った。

*

少し離れたところに池ちゃんをみつけた。一度振り返ったから気づいたかな ぁと思ったのだけど、そのまま走ってた。だけどすぐにもう一度だけ振り返 って、大きく手を振ってくれた。私も右手を高く挙げて振ってみた。池ちゃ んはきっとみんなに優しい人なのだと思う。だけどその優しさに私は何だか とても支えられているなぁと思った。

5月29日(土) くもり

 

ピンク、オレンジ、水色。大好きな色を筆ですうとのばしたみたく、夕焼け 空がとてもとてもきれいだった。お疲れさまとボトルを渡すとき、部員のみ んなと空がきれいだぁって笑った。飛行機雲も夕日を受けてきらきらとして いた。ただそれだけなのに、今日がとてもとても特別みたく感じた。

「1分前でーす」なんて、部活中よりもほんの少し意地悪ぽくマネージャー のみんなで叫んでみた。階段やロビーにいた部員たちが慌てて返事をしてく れてそれにみんなで笑った。1回生の部員とマネージャーだけでどこかへ食 べに行くことに。お店に予約を入れていた時間の1分前までどたばたとまだ 部室にいたのだけど。

クミちゃんは気になる中川くんと自転車二人乗りなんかして先頭を走ってい たみたい。急げ!なんて前のほうで池ちゃんが叫んでいて、みんなで真っ暗 の歩道をわいわい走った。池ちゃんのリュックが見えるくらいまでりえちゃ んと走っていったとき「シューズじゃないんだろ?走らんでいいで!足痛め たらあかんしな。歩きぃ」って池ちゃんが言ってくれた。池ちゃんは優しさ の塊みたいだ、なんて思った。

ご飯を食べ終わって、マネのみんなは席を移動して部員さんとお話をしたり 写真を撮ったりしていた。私はそこまで積極的になれなくて始めから座って いた席でのんびりしていた。そしたら池ちゃんが私の座っていたテーブルの ところまで来てくれて、みんなと話せたか?なんて声をかけてくれた。

リュックを置いて私の横に座ってくれた。何だかほんの少しだけ照れくさく なって、コップの縁についた水滴なんかを指でなぞってみたりした。ゆっく りとした優しい口調がとてもとても話しやすくて、きっと今とても私は嬉し そうな顔してるんだろうなぁなんて思った。

近くに座っていた中川くんが「なんやお前ら付き合いよるんか?」と言って きて、池ちゃんが頷いて笑ってた。「なぁ?」と池ちゃんに同意を求められ て、私は冗談だと分かっていても何だか恥ずかしくてしょうがなくて、思い きり首を振ってしまった。顔が熱くなるのが自分でも分かってただただ恥ず かしくて下を向いていたら「おれまずいこと訊いちゃったなぁ」と中川くん に謝られた。

幹事なのに「バスなくなっちゃうからなぁ。一緒に帰ろっか」と、池ちゃん は2次会へ行かずに一緒に帰ってくれた。部活中みたくすごいスピードでバ スの時刻表を走って見に行ってくれたとき、だんだん遠くなっていく池ちゃ んの背中を見ながら、私って惹かれているのかなぁ、と思った。

結局最終バスの時間は過ぎていて、車を持ってた酒井くんに送ってもらうこ とになった。でもそのほうがよかったのかもしれないなぁと思った。前みた くバスのいちばん後ろの席で池ちゃんとふたりでお話してたら、きっともっ と惹かれていたと思うから。

5月27日(木) 晴れ

 

ぱたぱたと走りながら池ちゃんに送るメールを考えていたら、少し向こうに 池ちゃんがいた。おっすと声をかけてくれたから、「今池ちゃんにメール送 ろうとしてたん」と携帯を握っていた右手をあげてみた。そしたらえらいと こで会ってしもたなぁなんて言いながらすたすたと後ずさりしていて、少し 離れたところから「おし、もうメール送っても大丈夫やで。待っとるでな」 って笑ってくれた。

明日提出のレポートを完成させようと思ってパソコン室に行った。受付でキ ーをもらって番号を探していたら、池ちゃんの横のパソコンだった。偶然す ぎてびっくりするよりも何だかおもしろくなって、キーを池ちゃんに見せな がら笑ってしまった。池ちゃんもパソコンとキーの番号を何度も見比べなが らびっくりしてた。

カタカタとキーを打つ音が聞こえて、お互いにそれが止まると背中を椅子に 任せて疲れたぁって小さく笑った。偶然の隣の席だったのに、ずっとずっと 前からこうしていたみたいな心地よさだった。おなかすいたなぁと言ったら 後で何か一緒に買いに行こうかと言ってくれて、うんって笑った。

8時前に池ちゃんはレポートを完成させたみたいで、のんびりネットサーフ ィンをしたり音楽を聴いたりしていた。私はまだまだ完成しそうにもなくて ずっとずっと頬杖をつきながら画面と睨めっこしてた。池ちゃんは帰るのか なぁなんて思っていたけど、パソコンの電源を切ってもずっと隣に座ってい てくれた。

待ってくれているのかなぁという気持ちと、そんなわけないかという気持ち がぐるぐるしてた。ごめんねもありがとうも言えなくて、でも少しだけ緊張 していることも気づかれたくなかったから、眠いふりをしてはぁと大きく深 呼吸をしてみた。

レポートを添削してくれたりだとか、アドバイスをくれたりだとか。椅子を ぐるりとこちらに向けて笑ってくれたとき、待ってくれているんだって自惚 れてもいいのかなぁと思った。閉館が近くなってだんだんと他の学生たちが 帰っていたけど、やっぱり隣にいてくれた。嬉しいなぁ、と思った。

池ちゃんが手伝ってくれたこともあって、レポートを閉館前に完成させるこ とができた。よかったぁと言ったら、本当にがんばってたもんなぁと言って くれた。部活で8時過ぎまで残っていたことはあったけど9時までいたのは初 めてだなぁって、真っ暗になった空を見上げて笑ってた。

小さいころお父さんは星を掴むことができると信じていたことだとか、木登 りをして誰にも見つからないところに文字を彫ったことだとか。小さな小さ な思い出なのに素敵な物語のように思えたのは、車のヘッドライトだとか歩 道のイルミネーションが関係していたのかもしれないし、池ちゃんの隣だと いうこともあったかもしれない。

ほんの少しだけ緊張していることが気づかれないように、こんなことするの は慣れてるよなんてふりをしながら、カラアゲ君をひとつ口に持っていって あげた。食べ終わったあとに口を押さえながら「すげえ照れる」って小さな 声で言っていて、私まで何も言えなくなってしまった。今が夜で、外が暗く てよかったなぁと思った。

バスの一番後ろにふたり並んで座って、当たり前に隣にいることを不思議 に、だけどとても心地よく思った。降りるバス停が近づいてきたとき、もう 少しだけ赤信号が続けばいいのになんて思ってしまった。バスを降りて、窓 越しにバイバイをした。ざわっと、急に周りの音がリアルになった。大学生 にもなって誰かと帰ることに一喜一憂するだなんておかしいかもしれないけ ど、とてもとても何だか嬉しいなぁと思った。

*

勝手に最後まで一緒におってごめんな、とメールが入ってた。一緒にいてく れたこと、とてもとても嬉しかったよ。

5月24日(月) 晴れ

 

俺を置いて帰るんか?なんて池ちゃんが靴紐を直しながら笑ってた。靴箱へ 向かっていたのを立ち止まりながら、どうしよう?って笑ってみた。着替え てくるから少し待っててなぁと言って部室に戻った池ちゃんの背中を何とな く目で追いながら、こういう関係って何だかいいなぁと思った。友達よりも 少しさばさばとした関係で、恋人だなんて甘い雰囲気でもなくて。

地下鉄で帰るクミちゃんや中川くんたちとバイバイをしたあと、池ちゃんと バスを待つベンチに座った。路線図の当てっこをしたり、次のバスの時間を 当てっこしたり。少しも大学生らしくないような気がしたけどすごく楽しく てずっと笑ってた気がする。

二人掛けの椅子に座って、バイト先のことだとか部活のことだとか他愛ない お話をずっとずっとしてた。お互いホールで接客をしているから、どっちが 笑顔がいいか勝負しようねなんて笑った。お互いがお互いを池ちゃんて呼ん でいるから周りの人は不思議に思ったかもしれないけど、そんな名前の偶然 も何だかおもしろく感じてしまう。

窓側に座っていた池ちゃんが、私の代わりにボタンを押してくれた。「一気 に光るこの瞬間が好きなんやぁ」なんてとびきりの笑顔で笑ってたから、私 も思わず笑顔になった。窓ガラスが鏡みたくなっているほど外は暗くて、紫 色のボタンがネオンみたく一列になって光ってた。きれいだぁと思った。

バスを降りて池ちゃんに手を振りながら、バイバイと口を大きく動かした。 最後にパックンと会った夜も、こんな風に笑顔でバイバイを言えばよかった かなぁなんて思った。きっとほんの少しだけ泣きそうな声で、だけど強がっ た顔をしていたと思う。

池ちゃんとの「また明日ね」は本当になるのに、パックンとの「またね」は いつになったら本当になるのかな。少しずつだけどきちんと受け止める準備 はできているのに、まだ気づかないふりをしていたい。パックンにとっても 「池ちゃん」みたいな人がいるのかな。きっと私は会ったこともない「池ち ゃん」に今、とてもとても嫉妬してる。すごくすごく自分勝手なのは分かっ ているけど。

5月22日(土) 晴れ ときどき くもり

 

午前1時少し前の歩道はしんと静まりかえっていて、靴が奏でる一定のリズ ムが恥ずかしいくらいに響き渡っていた。誰も見ていないからとうんと伸び をして、大きく息を吐いた。ただただ真っ黒な空を見て、東京とも繋がって いるのかなぁなんて古いドラマの台詞みたいなことをぼんやりと思った。バ イト帰りの歩道でゆっくりとパックンのことを考えるのが小さな日課になり つつある。

自習になった授業を抜け出して、まだ済ませていなかった朝食を取ったりだ とかお菓子をみんなで分け合いっこしたりだとか。同じ一人暮らしの男の子 が「地元の方言は絶対忘れんでおきたいって思うんよね」と、少し訛りのあ る喋り方で笑ってた。私も絶対忘れたくないなぁ、と思った。

*

やっとみつけた、週に1度だけの同じ授業。横に座ってた千紗ちゃんが「い いやん、合格合格!」と何度も後ろを向きながら小さな声で笑ってた。私は ひたすら前を向いて首を振った。目が合って、ほんの少しだけ照れているこ とが気づかれないように、おじぎをするふりして下を向いた。何だかこんな のって久しぶりだ。

すぐ後ろにいると思うだけでほんの少しいつもよりも大きな声になって、い つもは飛び降りちゃう階段も一段ずつ降りてみたりして。小さな小さな片思 いの始まりの合図をぎゅうと実感しながら、だけど頬を滴る雨粒をそっと拭 いながら去年の夏の花火の日なんかを思い出してた。

最寄のバス停が隣同士だと知って嬉しくてしょうがなくなった。1限からの ときは何時発ので行くのなんてお互いに質問し合ったりして、毎朝の楽しみ がひとつ増えたことに頬の緩みが隠せない。東京へもこんな風にひとつバス 停を越えるだけで会いにいけたらなんて考えながら、やっぱりやっぱり大好 きだなぁと思った。何だか会いたくてしょうがないよ。

5月20日(木) 雨

 

目が合って、にいっと笑われた。私も思わずふはっと頬が緩んだ。家が近く なことだとか毎朝同じ系統のバスに乗っていたことだとか。小さな偶然が特 別に思えてほんの一瞬前よりもほんの少しだけ長く、きりとした目を見た。

ざわざわとしている中で、傘と傘のあいだに探していたこと。みんなが二次 会だとかカラオケだとか騒いでいたけど、いい子のふりして帰ることにした のは彼が背中を向けていたからだということ。隣を歩くことは前みたく苦し くぎゅうとならなかったけど、とてもとても嬉しいなぁと感じたことは同じ だと思った。

噛んでたガムの香りを当てることができてしまうほど近くにいて、自販機の 光が眩しく感じるほど周りは静かで暗くなっていた。いつかパックンと歩け たらなんて思いながら毎日バイト帰りに歩いてたおしゃれな街灯が並んだ歩 道を、ふたりでゆっくりゆっくり歩いた。

免許取れたら一緒に学校行けるなぁと言われて、そうだねって笑った。今度 の試験絶対受かってやるなんて笑ってた。お酒が苦手で、だけどコーヒーも 苦手みたい。無理に大人になろうとしなくていいよね。飲み会のあとだなん て嘘みたいに落ち着いた気持ちで、とてもとても心地がいいなぁと思った。

*

気になっているひとをみんなで当てっこしながら、芝生を駆け回った。みん な顔が真っ赤なのはきっと日焼けのせいだけではなくて。バイトに部活にレ ポートにお弁当作りに、おまけに恋愛だなんて。きっと忙しすぎるくらいが ちょうどいいのかもしれないね。

5月13日(木) 雨

 

突然後ろに現れたからびっくりしたふりしてどきどきを隠しながらするりと その場所を離れようと思ったのだけど、スリッパを履き落としてしまった。 また馬鹿にされてしまうと思って慌てて履こうとしたらスリッパをぎゅうと 踏まれた。わぁわぁ騒いでいると今度は足を踏んできたので、水虫がうつっ ちゃうやんかぁと叫びながら逃げてきた。ふははと笑う笑顔はどうしても憎 めなくて、だけどつられて頬が緩みそうになるのを抑えながらもうとできる だけ怒った声を出してみた。

店長が「誰やお子ちゃまに酒なんか出したんはぁ」と笑ってた。笑われた私 はライムサワーの三口目で眠そうにしてたみたい。「お前飲めないんじゃな かったっけ?」と、今日もまた私の目の前に座っている彼がひとこと。顔真 っ赤だよとみんなに笑われたりだとか心配されたりしたのだけど、私は子ど も扱いされたくなかったから大丈夫ですとずっと笑ってた気がする。

同じホールの先輩が「あたしが介護したげるわぁ」とお茶を持ってきてくれ た。そのあと氷とグラスの響く音が耳元でしたと思ったら「かぶった」なん て言いながらグラスを私の横に置く彼がいた。自分のビールをおかわりしに 行くついでにウーロン茶を持ってきてくれたみたい。嬉しくて、何だかどき どきして上手くありがとうと言うことができなかった。ほんとに顔真っ赤だ よ?とまたいろんな人に言われたけど、きっとお酒のせいだけではなかった んじゃないかなぁと思った。

ドアを開けた瞬間にイジワルそうに笑いながらぎゅうと近づいてきたりだと か、目の前が大きな肩しか見えなくなって本当にどうすればいいのか分かん なくなるよ。すっかり熱ってしまった頬に、彼が持ってきてくれたグラスを ゆっくりと当ててみた。何かがすうと心の真ん中を流れていくような気がし た。

5月10日(月) 雨のち曇り

 

ほんの一ヶ月前に出会っただなんて信じられないくらいに、ずっとずっと笑 いが絶えなくて、一緒にいることがとてもとても心地いい。いっせいので食 べたいピザを指差したら4種類のうち見事に4人ともが違う種類を選んで、 気が合うのか合わないのか分からないねなんてまた大笑いしながらそれぞれ のピザを食べた。

お互いの一人暮らしのコツなんかを教え合ったりだとか、ちょっとした恋愛 観だとか、学内で見つけたかっこいいひとだとか、ほんの少しだけ大人なお 話だとか。まだまだ飲み慣れないチューハイを一口ひとくち少しずつ飲みな がら、私はほうっと熱る頭の中でずっとずっとパックンとの思い出なんかを ぐるぐると引き出したりしてた。

「あたし、本当に好きになった人には絶対告白できへんねん。終わりが来る んが嫌やから、ずっと一緒におれる友達って関係選ぶんよ」積極的でさばさ ばしているクミちゃんがゆっくりと誰かを思い出すようにそう言っていて、 お酒のせいもあるかもしれないけどほんのりと頬が赤かったクミちゃんがと てもとても可愛いなぁと思った。

これからみんなはどんな恋愛をして、嬉しくなったりだとか泣いたりだとか するんだろう。私もパックンに対する想い以上に誰かを好きになったり愛し いだとか思ったりするのかな。そう考えるのはすごくすごく寂しいけど、で もきっととてもとても満たされた気持ちになるんだろうと思う。

*

バイト先の武井くんとはお互いの恋愛相談をしたりだとか、帰りに車で送っ てもらったりだとかで何だかとても仲良し。パックンとのことも全部ぜんぶ お話したから「おらぁ元気出せよ」なんて明るすぎる声で励ましてくれた。 武井くんに少し気になる同じバイト先のひとのことを話したら絶対に大きす ぎる声ですぐに広められちゃいそうだから、まだこの気持ちは閉じ込めてお こう。

5月9日(日) 雨のち曇り

 

一緒に映画に行こう?と言われて、ぎゅうとなった。中野くんは授業が一緒 だったりすると必ず声をかけてくれて、鞄で頭を叩いてきたりだとか部活が 終わったあと私のサンバイザーをぐいと下げながらお疲れ!と言ってくれた りして、自分から声を掛けるのが少し苦手な私でもとても話しやすい人だ。

「世界の中心で愛をさけぶ」の映画撮影は地元の香川でも行われていて、ま だパックンとメールしたばかりのころに撮影しているところ見に行きたいね だとか小さな約束をたくさんしたのを覚えている。本や映画を好きだという ことを知れたのも、この映画撮影があると知って話が弾んだからだった。

思い出をひとつひとつ思い起こすのはとても心地がよかったのに、なぜだか 目の奥がじんとなって、声を出して泣いてしまった。一人暮らしの部屋は静 かで鼻をすする音が響いて恥ずかしかったけど、お母さんにどうしたのなん て訊かれないで済むんだと思ったら少しだけ楽になって、大学生だなんて誰 も信じないくらいに泣きじゃくってみた。

やっぱり遠距離過ぎるよと言われたけど、でもありがとうと笑ってくれた。 大好きで大好きでしょうがない人に、大好きだと伝えた。本当は距離なんて 越えて伝えたかったけど、距離なんて関係ないだとかかっこよく言ってみせ たかったけど、気持ちがぐるぐるしていたのも本当だったからはっきりと言 ってもらえて嬉しかった。

中野くんにはまだはっきりと返事ができずにいる。バイト先の人のことが少 しだけ気になっていたばかりだから、余計にぐるぐる。自分に素直に、と言 われたけど本当の本当は今は少し恋愛はお休みしたい気分。

5月7日(金) 晴れ

 

私が両手を使っても上手く持ち上げることができなかったものを、片手でひ ょいと持ち上げられてしまうと何だかとてもくやしいような、どきどきして しまうような。そんなこともお見通しだと言わんばかりの笑顔を目の前に見 てしまって、今日もこの人にばかり目が行ってしまうんだろうなと感じた。

ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら歩いていたら、だんだんともうひとつの 音と重なっていくのが分かった。煽るように後ろをぴたりと歩く彼の顔はや っぱり少しイジワルそうで、ひゃぁぁと早足にしても音は重なるのでこけそ うになってしまった。わざと肩を当ててきたりだとか、通せんぼをしたりだ とか、驚かしたりだとか。私、そういうのをどんな風に交わせばいいのか分 かんないよ。

一番端っこと端っこに離れていたのに、私の背中に足をどかんと当ててどこ かへ行ったかと思えばいつのまにか目の前に座っていた。眠いふりをして目 をこすりながら、ぼうっと彼の吸うたばこの灯りを見た。ざわざわした周り の笑い声だとかが気にならないほど、目が合うと強く強く惹かれてしまう。 眠いふりをしてずっと逸らさずにいたら、ずっと見ていてくれた。

「寒いなぁ。お、こんなとこにええのがあったぞ」と、私のジャンパーをず るずると引きずっていった。私が笑うと、小さくて着れないやと笑ってた。 ふわぁと眠そうな声で「おれは12時間寝なだめな子やねん。成長期やぁ」 と言ってたから、それ以上成長してどうするのと言った。そしたら「心を成 長させるんや」と笑ってて、私も笑った。

イジワルそうに笑うところだとか、本当はとても優しいところだとか、背が すうと高いところだとか、大きな背中だとか。すべてが重なってしまう気が して、どんどん気になってしまうのが恐い。壁に背中をつけて子どもぽく座 り込んで炒飯を食べてる姿を見たとき、ぎゅうとなった。左利きというとこ ろまで同じだ。どんどんと重なってしまう。

5月6日(木) 晴れ

 

電話の向こうに、起きたばかりの眠たさが伝わってくるとろんと溶けてしま いそうな声をみつけた。耳たぶがかぁっと火照ってくるのに気づかないふり をしながら、少し早口になりつつもじゃぁまたと言い慌ててオフのボタンを 押した。電話でお話したすぐあとにそのひとに会うのは、きっと誰であって も私は緊張してしまうのだけど、でもこのひとはきっともうすこし特別だ。

*

誰もいないグラウンドに続く坂道で、ごろんと寝転がってりえちゃんと笑っ た。ゆっくりと、夏にあった花火のことだとか一緒に映画を見に行ったこと だとか、喫茶店で待ち合わせが多いから苦手だったコーヒーを飲めるように 練習したことだとかを話した。話すたびにそのときドキドキした気持ちがぐ うとなって、苦しいのに何だか心地よかった。

どういうことが付き合うというのか、恋人だとか愛だとか、まだ全然よく分 からないしまだまだ私は子どもなんだなぁと思う。だけどあの人に対して感 じた気持ちが愛といえなくても、会ったりお話したりお出かけしたり、そん な日々が付き合うという意味じゃなくても、恋人同士じゃなくても、私は本 当に幸せだったなぁと思う。

*

大きな音を立てて籠にぶつかってしゃがみ込んでた。だいじょうぶですかと 言ってもずっと蹲ったまま。そんなに痛かったのかなぁと思って、もう一度 だけ背伸びをして首を傾けてだいじょうぶですかと言った。「おーし、痛い の飛んでったぁ!」と大きな笑顔。心配して損したぁなんて言いながらも、 少しだけ少しだけ、何だか変な気持ち。

何度も何度も名前を呼ばないで。ただグラスを置きたかっただけなのに、指 先にそっと触れるのなんて反則だよ。気になるのが恐いのに、だけど明日も 会えるってことが少しだけ嬉しいなぁと思ってしまう。

5月5日(水) 晴れ

 

俺がさっき声かけてなかったら絶対泣いてたでしょ、と口元をにぃとさせな がら西部さんが笑ってた。そんなことないですと言ったけど、絶対泣いてた よともう一度笑われてしまった。怒ったふりをしてその場を離れたけど、本 当の本当は優しくされればされるほど瞼はぐうと熱くなっちゃうんだよ。

同じアメフト部マネージャのりえちゃんとお弁当を持って芝生に転がった。 空の青しか見えなくて、目を閉じるとすうと芝生の香りがして、オレンジが 眩しかった。こうやってのんびりするの大好きやぁってふたりで笑った。雑 貨好きだとか少し優柔不断だとか、りえちゃんとは共通点が多すぎて何かが 重なるたびに「また同じだぁ」と何度も何度も笑顔になってしまう。

*

つうんと目を合わせてもくれなかったと思えば、次の瞬間にはいじわるっぽ い笑顔でどきりとするひとことを残してくれたりもする。気分屋でいじわる で本当はとてもとても優しいひと。冗談を言い合うばかりの毎日だけど、そ の毎日は大好きな大好きなあの人との時間とぴたりと重なる気がした。

ときどき指先が触れたりするとどきりとしてしまうし、大きな背中で通せん ぼをされたらどうしていいか分からなくなってしまう。部活で飲み会がある と言えば「男の先輩には気をつけろよ」なんてらしくもなく心配をしてくれ るし、自分から話し掛けておいて「もう俺に話しかけるな」なんてまたどこ かへ行ってしまう。

ぐるぐる振り回されてばかりだと感じるのは、きっときっと認めたくないけ れどほんの少しだけ気になっているから。毎日のように一緒の場所にいて、 顔を合わせて、少しずつ色んなことを話して。気になる人になってほしくな くて好きな人のことを話したら「振られちゃったよ」と言われた。余計に意 識してしまった私はきっときっとどうしようもなくばかなんだなぁと思う。

*

東京から離れたくないと言ってた。すぐに会えるよって言ってくれたこと、 本当に嬉しかったのに。声が聞きたいなぁと思うし、私の言うひとことひと ことに笑ってほしいなぁと思う。きっと隣を歩くだけで今ぐるぐるしている 不安なんてすぐにどこかへ行ってしまうのに。

5月2日(日) 晴れ

 

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