そんなこと慣れてるよなんてふりをしようと思ったのだけど「ふはは。バイ ク乗るの初めてなんやろ?ここに足置いたらええねん」なんて谷川くんに笑 われてしまった。午前2時過ぎの道路はとても静かで、貸切のレース場みた いだった。「絶対落ちひんからそんな手に力入れんで大丈夫やで」と大笑い されながら辿り着いた公園にはもうみんなが花火片手に揃っていた。

瞼を閉じても光の線はすうっと残っていて、目を閉じているのかいないのか わからなくなる。枝ちゃんが「昔こうやってアスファルトに花火で文字書い たなぁ。好きな人の名前とか」なんて言っていて、みんなで書いた書いたっ て笑った。光の線でハートを描いたり、ね。

線香花火のぱちぱちという小さな音だけが公園に響いて、ときどきみんなの 吐く小さな息が聞こえて、「あ。」という声でふわっと夢から戻ってきたみ たいな気分になる。「今の声にびっくりして私のも落ちちゃったよ」なんて 誰かが笑って、またざわざわってした。地面に落ちた丸い赤い珠がしゅうと 黒く暗くなっていってた。

缶チューハイとポテトチップス。熱る頬を両手のひらで冷やしながら、みん なの初恋のお話だとか今の恋人のことだとかを聞いて、また頬を熱くした。 私が話そうとしたときに「お前の話聞くの、少しつらいねん」なんて武井く んが言うから「この前気になる人と野球観戦行ってきたよ」ってとびきりの 笑顔で言ってみた。武井くんには前にパックンのことを話していたから、ま た私が泣き出すんじゃないかとか思ったんだと思う。

カーテンが光を覆いきれないよとばかりに白く白くなってた。卵だとか牛乳 だとかチーズだとかを冷蔵庫からあるだけ出して、朝ごはん作り。厨房担当 の武井くんはやっぱり何を作っても上手で、それを田辺さんと谷川くんが 「お客様おまたせいたしました」なんて接客ごっこしてた。ぼうっとする頭 でみんなと食べた朝食は、何だかとっても温かかった。味はあんまり覚えて ないのだけど。

*

生まれて初めてバイクの後ろに乗せてもらった。だけど、自転車のが好きだ なぁと思った。流れる人ごみを避けて大通りをパックンの自転車の後ろに乗 せてもらいながら走った地元の花火大会。ぎゅうと肩を持つのが恥ずかしく て服の裾をずっとずっと握ってた。まだ、思い出せるよ。大切にしすぎて少 し美化されているかもしれないけど。

7月25日(日) 晴れ

 

すうっと体を冷たい空気が包んだのがわかった。思ったよりも大きな段差を ふたあしで上りおわると、一番後ろの端っこの席にプリントを広げた池ちゃ んがいた。私がみつけたのときっと同時に私に気づいてくれたみたいで、お はようとふたりで笑った。この時間のバスに乗ってよかった、と思った。

バスを下りて、ずれてもいないのにサンダルを履きなおしてみた。最後から 二番目に池ちゃんは下りて来ていて、もう一度おはようと言った。こんなふ うに待っていても少しも変じゃないことに、何だか嬉しくなった。少し遅す ぎるくらいの歩調がとてもとても心地良いなぁと思った。

途中でノッチがバイトで広告を配っていて、何だか恥ずかしかった。ノッチ は私が何となく池ちゃんを気になっていることを知っているから。でも自然 に接してくれて嬉しかった。そのあとも部活のことだとかテストのことだと か、ゆっくりのんびりお話した。筋トレをずっとしているからなのか、池ち ゃんはこのところ体格がすごくがっちりしてきた気がする。

ローソンにふたりで入って、ジュースだとか飴だとかを買った。池ちゃんの 友達くんがいたのに池ちゃんはずっと私の隣にいてくれて、恥ずかしかった けど嬉しかった。同じ部活同士だから一緒にいることは自然なのだけど、周 りの人にはもう少しだけ特別なふうに見えていたらいいなぁと思った。

りえちゃんからの連絡を待つ間、池ちゃんはやっぱり近くにいてくれた。く みちゃんがごほごほとわざとすぎるくらい大きな咳をしながら私の横を通り 過ぎていって、振り返って私に大きな笑顔をくれた。かえちゃん先輩は窓越 しににたぁと笑ってくれた。きっと私はふたりに負けないくらいの笑顔だっ たのかもしれない。

*

16日の夜、バイトが終わったあとバイト先のみんなでカラオケに行った。 ふらふらになりながら外へ出ると、主任さんが「おし、今から海行こかぁ」 なんて朝日に目をきらきらさせながら言っていた。今年初めての海は、朝い ちばんの私たち以外誰もいない海岸だった。

またすぐに部活で、そのあとは大学のみんなとバーベキュー大会、そしてま たバイトがあった。1日寝ずに過ごすことは平気だけど、こんなに忙しいと なると何だか倒れそうだった。バーベキューの帰りに仲良くなった4人で互 いに呼び合うあだ名を考えていたとき、大きな花火が空に咲いてた。まだ名 前も知らなかったのにみんなで「俺らの仲を誰かが祝ってるんやぁ」なんて 笑った。

たくさんの出会いがあって、おなかがよじれるくらい大笑いして、誰かに小 さな恋をして。その中にあたり前にいてほしい人がいないことに、もう慣れ てしまった。海だってバーベキューだって、朝のバスだって、隣にあの人が いてくれたらどんなだっただろう。まだそんなことを思っている私がいる。

*

18日は、先輩からもらったチケットでくみちゃんと部員の何人かで野球を 観に行った。初めは隣が宮崎くんだったけど、宮崎くんと池ちゃんがお菓子 を買いに行ったあとは池ちゃんが私の横に座ってくれた。ポテトチップスを ずっと私も取れるように持っていてくれたりだとか、コーラをひとくちくれ たりだとか。

やっぱり少しだけ嬉しくて、少しだけどきどきした。野球観戦よりも意識は 右隣にずっとずっと傾いていたから、きっと私はすごく惹かれているんだと 思う。パックン以外の人を好きになるのはすごくずきずきするけど、でも池 ちゃんともっとずっと一緒にいたいなぁって思う気持ちに嘘はつけないよ。

7月20日(火) 晴れ

 

入学してから今日までの、たった3ヶ月と少しだけ同じゼミだった20人。毎 日一緒にいたわけではなかったから、まだ下の名前をはっきりと知らない人 も少しだけいたけど、食堂だとか中庭ですれちがったときには大きく手を振 り合うような20人だった。

大人しく寝たふりをして、隠れて花火をするだなんて中学のときの修学旅行 みたいだった。見た目がとてもチャラチャラしていた男の子が「おれはこれ が好きなんや」なんて初めから線香花火をしていたから、みんなで大笑いし ながら一人ずつ線香花火に火をつけた。

ぱちぱちと小さく小さく灯る線香花火みたく、空を見上げると小さな星がい くつか見えた。線香花火が落ちてしまわないように息をとめてみたりだとか ピントが合うまで星を探したりだとか。こんなふうにゆっくりと鼓動が落ち 着いていることなんて久しぶりだったからなのかわからないけど、とてもと ても心地よく感じた。

あゆちんとえりちんと、私の部屋で恋愛話にわぁわぁと小さく叫んだ。お酒 のせいだったのかもしれないけど、みんなやっぱり顔がほんのり赤かった。 あゆちんが「ごっちを初めてみたときね、池ちゃんのタイプだわこの子って 思ったんだよ」なんて言ってくれて、嬉しいと思った。あゆちんは池ちゃん と同じ高校で仲良しさんだったみたい。嬉しいと、思った。

「打ち上げ花火したこと、近所から苦情出たみたいやで。報告書がどうとか って先生言うてた」と、真鍋くん。起きてた子だけで真鍋くんの部屋で集ま って、どうしようかぁとみんなで苦い顔。そんな中で「俺さっき部屋でこれ 見ててん」と、どこか遠い国の朝日が映っている番組を峰田くんがぱちんと つけて、みんなで笑った。

えりちんが真鍋くんのベッドでぐっすりと寝込んでしまっている間、あゆち んとノッチと峰田くんと私でベランダに出た。爪の先みたいな月は東京でも 見れるのかなぁなんてぼうっと思いながら、みんなでだんだんと明るくなっ ていく町を見下ろした。だんだんと、みんなの顔がぼんやりと浮かんでた。

空をぼんやり見上げたり、星をひとつひとつ繋げてみたり、こんな風に朝日 が昇るのを手すりにもたれて待ったりだとか。私が大好きだと思うことを大 好きだと思っていた人たちがこんなに近くにいたことを、とてもとても嬉し いなぁと思った。みんなでおはようと笑った。

もう後期からはみんなばらばらになってしまうけど、下の名前もまだやっぱ り覚えることができなかったけど、みんなと少しの間ずっと一緒に過ごせた こと、ずっとずっと忘れないでいたいと思うよ。ありがとう。



   「おはよう」

7月13日(火) 晴れ

 

本屋さんにいると、なぜだかふわっと近づけた気持ちになる。この本はもう 読んだのだろうとか、この分厚さはきっと彼以外誰も手に取ろうとしないの じゃないだろうかとか。そんなことを考えながら、訪れたことのない東京の 本屋さんにふわっと移動してみる。心の中でだけ、そうっと。

忙しくて最近は以前みたく本を読まなくなったみたいだけど、テスト前にも 拘らずバレーの観戦をしているあたり、やっぱりパックンはパックンだなぁ と思った。パックンは夏休みに少しだけ香川へ戻るみたいなのだけど、その 週はちょうど私の合宿と重なってしまっていた。会えたらいいな、なんて思 っていたけど。

もうすぐみんなで花火をみた日から1年だね、と言ったら覚えてくれていた のがとても嬉しかった。思い出を大事にするのは苦手でいつも前をみてきら きらしていたパックンだったから、忘れているかもなんて少しだけ不安だっ たのだけど。ずっとパックン専用だった「夏色」の着信メロディが、ぴった りの季節になった。

雰囲気も考え方も話し方も仕草も、同い年とは思えないくらいとてもとても 大人だった。だからきっと私みたいに好きだとか嫌いだとかそんなことで1日 中悩んだりすることもないのだろうと思う。そして私の気持ちなんてきっ と初めからお見通しだったはずで、それを何も言わずにふわりと包んでくれ るようなとてもとても優しいひとだった。

彼が、私が彼を思うみたく好きだとか愛しいと思うひとはどんなひとなんだ ろう。知りたい気がするし、ずっとずっと知りたくないとも思う。そして心 の端っこでそれが私だったらなんて図々しくも思ってみたりしている。こん な考え方しかできないから、まだまだ私は子どもなのだけど。

*

先輩やコーチ、友達からも可愛いと言われている池ちゃん。雰囲気や仕草や 見ているこっちまで嬉しくなっちゃいそうな池ちゃんの笑顔は、私もとても 可愛いと思う。パックンとは全然違う雰囲気なのだけど、とてもとても惹か れているなぁと思う。一緒のバスだと嬉しいなぁと思うし、毎日なぜだか続 いているメールが途切れないでいてほしいなんて思う。

7月11日(日) 晴れ

 

姫ちゃん、と声をかけた。こんにちは、ととても可愛い笑顔。姫ちゃんは中 国からの留学生。どうやら大阪まで彼に会いに行くみたいで、途中まで一緒 に地下鉄に乗ることにした。姫ちゃんが話す日本語は、私たちが普段使って いる言葉よりもうんときれいだった。だからいつもよりも少しだけ、ひとこ とひとことを大切に言葉にしてみた。

一ヶ月ぶりの香川だけど、あゆみちゃんに会うのは三ヶ月ぶり。待ち合わせ 場所へ行くのは何だか初めてのデートをするときみたくどきどきふわふわし た。ひさしぶり、とお互い言い合いっこして、いつもみたく大笑いした。や りとりが何ひとつ変わっていないことをとてもとても嬉しく思った。

恋人(彼氏というより、恋人という言葉のがぴったりくる気がする)のこと をとてもとても大切そうに話すあゆみちゃんは、とってもきらきらしてた。 中学のとき、グラウンドにいる好きなひとを放課後ずうっと教室の窓から見 ていたあゆみちゃんもきらきらしていたから、あのころと変わらず一途に想 っているんだなぁと伝わってきた。

一緒にいることがとてもとても心地よくて、お互いの考えていることなんて 言葉にしなくてもすぐに伝わってしまって、兄弟や姉妹よりももっと身近に 感じられるような、そんな大切な存在。これから先もたくさんの人と出会っ て友達はたくさんできると思うけど、きっとずっとあゆみちゃんはその中で もとても大切な大切な人だ。

*

おしゃれでスタイルがよくて密かな私の自慢だったお母さんが、会うたびに 元気がなくなっている気がする。スポーツジムに通っているから大丈夫と言 ってはいたけど、やっぱりたばことお酒は体に良くないよ。帰りのフェリー を待つ間お父さんにそのことを話すと、母さんは飯もあんまり食わなくなっ たんだと言ってた。

いつの間にか背は私のがうんと高くなっていて、手や目尻の皺が目立つよう になっていた。大人になりたいとばかり思っていたけど、私はずっとずっと お父さんとお母さんの子どもでいたい。深く考えすぎなのかもしれないけど できるだけたくさん香川に戻ってこようと思った。

*

他大学の練習を見に行った帰りにゆかちゃんと駅でお話していたら、池ちゃ んからメールが届いた。その中にパーマよかったよと書いてあって、ふはぁ と顔が緩んでしまった。今日直接会って話す機会はなかったのに、いつ見て くれてたのかなぁ。あてたてのふわふわ頭をぎゅうとして嬉しさを隠し切れ ないでいたら、ゆかちゃんに大笑いされてしまった。

7月7日(水) 晴れ

 

ぐるりと腕に日焼けのあと。毎日ずっとずっとグラウンドの真ん中、太陽の 下にいるから鼻の頭も毎日ひりひり。こんなに日焼けをしたのは生まれて初 めてで、夏なのにおしゃれできないかもしれないなぁなんて鏡と睨めっこ。 だけど、大好きなみんなと過ごしている証だから、とてもとても大切な跡。

くみちゃんが私だけに判るように肘をくいとあげた。そのあとゆかちゃんが にいと笑ってがんばれと小さな声で言ってくれた。私は行ってきます、なん て笑いながら少し足の長い椅子を飛び降りて、先輩と腹筋をしている池ちゃ んのところまでゆっくり歩いた。

「いけちゃん、お誕生日おめでと」と、ゆっくり言った。他にも話したいこ とはたくさんあったけど、これだけ伝えることができたら十分だと思ったか ら。横にいた先輩がにたぁと笑って、池ちゃんもいつもみたく目をうんと下 げながら「ありがと」と、少し照れているみたいな笑顔で言ってくれた。い つもこの笑顔だから、少しも照れていないのかもしれないけど、私はこの笑 顔がとてもとても好きだなぁと思う。

頬をぎゅうと抑えながら戻ってきたら「好きってこと、もうばればれやん! ペンギンみたいだったよ歩き方!」なんてくみちゃんが大笑いしてて、あた しも行ってこようと言いながら池ちゃんのところまでペンギンみたいな歩き 方をして近づいていってた。くみちゃん曰く、私の真似みたい。もう!

そのあとゆかちゃんも同じようにして、ほんの少し勇気を出して言ったおめ でとうは冗談のようになってしまったけど、でも伝えることができて本当に よかった。ふにゃと溶けてしまいそうな笑顔は、本当にみんなを嬉しくさせ る。私もそんな素敵な力を持ったひとになりたい。

7月3日(土) 晴れ

 

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