玄関のドアを開けるとさっきまでの私と同じくらい目を真っ赤にさせたみん ながいた。それを見て目の奥がかあと熱くなって、声を出して泣いてしまっ た。クッションにばふっと顔を埋めたままでいると、ぐすんと誰かの鼻をす する音が聞こえた。『お前コロコロしとけよお』とカーペットに落ちていた ゴミを見て西部くんが言って、みんなでふはっと笑った。

いつもバイトが終わったあと一人で歩く道を、今日は4人で歩いた。謝りに 行こうということになり家を飛び出したけど、店長はもう帰っていたみたい だった。おなかすいちゃったね、と誰かが言って午前2時を過ぎていたけど みんなでラーメン屋さんに行って、おなかいっぱいになるまで食べた。

『手出してみぃ』と言われて助手席の窓からそっと手を伸ばすと、ふわあと 風に連れていかれそうになってしまった。枝ちゃんが『今日の風気持ちいい わぁ』と笑っていて、みんなで大きく頷いた。初心者マークの西部くんの車 はいろんなところで大きく揺れたけど、無茶なスピードも狭さも何もかもが 心地がいいなと思った。

夜空と海との境界線はわからなくて、寝転ぶと余計にここがどこなのかが曖 昧になった。時間が時間なだけにきっと眠さでふわふわとしていたのだろう けど。台風が近くにいたからか雲の流れはとても速くて、星がものすごいス ピードで海へ向かっているようだった。

すうと流れ星が落ちたとき、願い事を三回唱えるよりも先にみんなの「あ」 という声が大きく重なった。ざん、という一定の波のリズムと、いつもより も急ぎ足の星たちと、それを寝転がって見上げる私たち。ただただ真っ暗な 夜の海岸だったのだけど、たくさんの光を見た気がした。

*

田辺さん、枝ちゃん、西部くん。今日は本当にありがとう。
みんながいなかったらほんとにバイト辞めてたかもしれないや。
みんなと出会えてほんとにほんとに嬉しいです。ありがとう。

8月18日(水) 曇り

 

時計の針とにらめっこをしながら、ぎゅうと苦しくなる胸の痛みに少し懐か しさを感じた。やっぱりこの独特の痛みはあのひとに会う前でしか感じられ ないみたいだ。古びた駅のホームでリップクリームをぬり直した。クリスマ スもバレンタインも、あのひとに会うときにいつもしていたように。

待ち合わせの時間より少し遅れてきた彼を怒ることができないのは、きっと 私の片思いだから。きょろきょろと私を探す仕草が嬉しくて、すぐに声をか けずに立ち止まってしまった。小さくゆっくりと深呼吸をしたあと、ぱたぱ たと音をたてて近づいた。

こんなに背が高かったっけ、なんて思いながらいつもみたく少し斜め後ろを 歩いた。茶色い髪は春よりも伸びていて、肌は焼けているようだった。とろ んとした声や眠たそうな目、少しも変わっていなくてとても嬉しかった。ス タバ行こうか、なんてカフェ好きなところも。

「ランバフラペチーノと、ストロベリーフラペチーノをふたつともショート で」と、彼がいっしょに注文をしてくれた。ただそれだけなのに、とてもと ても嬉しくなった。いっしょにいるんだって、実感できるからなのかな。ふ かふかのソファに深く座って、ひんやり冷たい苺のフラペチーノを飲んだ。 幸せだ、と笑った。こうして大好きなひとと向かい合わせでいられること、 本当に幸せだと思った。

去年の夏に花火を見た場所の近くに、大きなシンボルタワーが春に完成して いたみたいだった。展望台へと繋がるエレベーターがなかなか見つけられな かったので「もう諦めよ」なんて言われたのだけど、それからもずっとエレ ベーターを探してくれた。やさしいなぁ、と思った。

空と海と遠くの山の青が目の前にふわっと広がって、わぁと声を出さずには いられなくなった。花火を見たフェリー乗り場だとか、自転車の後ろに乗せ てもらった大通りだとか、初めてのデートをした映画館だとか、クリスマス ツリーを一緒にみた公園だとか。両手でふわっと持ち上げられそうなほど小 さく小さく見えたけど、変わらずその場所にあることが嬉しかった。

ラーメン屋さんに入って、少し順番を待ったあとカウンターの席に案内され た。いつもは彼が先を歩くのだけど、「奥の席行きぃ」と先に行かせてくれ た。「俺左利きやけん、腕当たらんようにさ」と笑っていて、さりげない気 遣いが何だかとても温かく感じた。

店員さんの中にとても可愛いおばあさんがいて、おばあさんが近くに来たと きにお冷のおかわりを頼もう、なんて決めてふたりで笑った。「水が温いっ て怒ろうと思ったけどおばあさんが可愛くて優しい口調になってしまった」 なんて言っていて、また笑った。

帰る時間が迫るにつれて、何を話せばいいのか分からなかった。私が日帰り をしてまで香川にこうして戻ってきたのは、会いたかったのももちろんある けど、きちんと気持ちを伝えて振られようと思っていたから。だけど振られ るのが恐くなって、何よりももうお別れすることが寂しくてしょうがなかっ た。

「次はいつ会えるのかなぁ」と、気がついたら訊いてしまっていた。「冬か なぁ、一年後かなぁ」なんて言っていたからふはぁとへこんでいたら、「神 戸行くよ。」と言ってくれた。嬉しすぎて「わぁやったぁ」なんて言ってし まった。「暇ができたらだけどな。俺忙しいし」とすぐにいじわるそうな口 調に戻っていたけど、行くよって言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

バイバイと手を振って、また連絡するねとできるだけ笑顔で言った。だんだ ん遠くなって行くのを見たくなかったから、すぐに後ろを向いて駅を出た。 一人になった瞬間にさっきまで会っていたことが夢みたく感じてきて、ぐう と目の奥が重たく熱くなった。

*

5ヶ月ぶりに手帳にピンクの大きなまるがついた。きっとこれからもずっと パックンに対する片想いが私の中でいちばん大きな恋なんだと思う。小説と カフェと洋画が似合う、同い年だとは思えないほど落ち着いたひと。ただの 友達でも恋人でもない曖昧な関係だけど、この距離が本当はとてもとても心 地がいいのかもしれない。

やっぱりパックンの少し斜め後ろを歩くのが大好きだ。歩くの遅いなぁなん て言いながらも歩調を合わせてくれるところ、ちゃんと気づいてたよ。なか なか会えないねと言ったとき、それがいいのかもしれないよと春に言ってい たよね。なかなか会えないから、会えたときがとてもとても嬉しい。会えた 日が特別な日になる。大好きだということを、改めて気づかされる。

*

次に手帳に大きなピンクのまるを付けるのはいつだろう。距離も会えない日 々もやきもちも不安も乗り越えて真っ直ぐに想えたら、それは大きな愛に なるのかなぁと思う。距離や会えない日々ややきもちや不安でいっぱいにな って、すぐにふらふらとしていた私はとてもとても子どもだったんだ。

真っ直ぐに一途に、これからもずっとずっと、パックンを好きでいたいと思 った。やっぱりやっぱり大好き。今日、がいつもの毎日よりもほんの少し特 別になったのは、パックンの隣にいられたからだよ。今日はありがとう。

8月16日(月) 晴れ

 

文庫ではない本を読むときは、両手でそっと支えるように、抱え込むように している。そのほうがぐっと引き込まれていく気がするから。このフレーズ は上手な表現を使うなあなんて思わず口が緩みそうになって、「あのシーン すごい表現上手いと思った。ちょっとしたところなんだけどさ」と、映画を 観終わったあと目をくしゃっとさせてたパックンを思い出した。きっと彼も この一文を読んだら口元が緩むんじゃないかなぁ。

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ほんの4、5ヶ月ぶりなだけなのに、とてもとても懐かしいような、おととい くらいまで傍にいたような、不思議な気持ち。「ごっち海でも行った?」 と、みんなの第一声が揃ってそれだったくらい私は日焼けしていたみたい。 アメフト部のマネージャーをしていることをいうと、意外だ意外だと言われ てしまった。

受付にいたうめさんを見るなり涙ぐんでしまったら「また泣きよるこの子は ぁ」と、私の大好きな笑顔をうめさんが見せてくれた。うじけちゃんはいき なり私のキャミソールの紐をほどこうとするし、有ちゃんは「すっかり焦げ ちゃって」と、いじわるなひとことをにたっとしながら言ってきた。やり取 りが変わらないことがとても嬉しかったし、ずっと変わらないでいたいと思 った。

何だか見慣れた背中だなぁと思ったら「ユニ君」も同窓会に来ていて、私は この人の背中ばかり見ていたのかなぁなんて思った。菊さんとバレンタイン だとか修学旅行のお話をして、本当に私は恋ばかりしていたんだなぁと改め て感じた。気づいてほしいような、そうでないような気持ちをユニ君に対し てもずっとずっと抱いていたんだなぁ。

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少し早めにみんなとバイバイをして、あゆみちゃんとスタバに行った。パッ クンとバレンタインの日にずっとおしゃべりしていた場所。あのときの席に は高校生が座っていたので座れなかったのだけど。私が座っていた側の壁に は白黒の大きな写真が飾ってあったから、パックンはあのときこの写真を見 て何かを思ったのかもしれないなぁなんて勝手に想像してみた。

あゆみちゃんといるときはどうしてこんなに落ち着くんだろう。これからも お互いが一番の友達だと言い合える友達に出会えたことが本当に嬉しいし、 すごく自信になっている。次はいつ会えるかなぁなんて手帳を広げながら、 これじゃぁ遠距離恋愛みたいだねと笑った。本当にそんな感じだ。

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いつの間にか7歳離れた妹と、身長が同じくらいになっていた。膝にぎゅう と抱きついてくる妹が大好きだったのになんて思いながら、「まだおねえの が少し高いね。やったぁ」と頭を叩いてあげた。「おねえに書いてもらおう と思ってうちわ一枚残してたん」と、真っ白なうちわとペンを持ってきてく れた。夏休みの宿題か何なのかわからなかったけど、浴衣の女の子の絵を書 いてあげたら喜んでた。身長は同じくらいになっちゃったけど、やっぱ可愛 いなぁと思った。

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高校の同窓会は、小さいころ大切にしていたおもちゃ箱を開ける瞬間みたい だった。過去ほど確実なものはない、といつか読んだ小説にあった。私がみ んなと過ごした時間はもう過ぎてしまったけれど、確実にあったことだ。そ の一部だけど(ほとんど恋のことだけど)日記に書き残すことができて本当 に嬉しく思う。

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P.S. 菊さん、のんちゃん、今でも日記を読んでくれているみたいで恥ずか しかったけどすごくすごく嬉しかったけんね。ほんとに。これからもずっと 見守っていてほしいなぁって思ったよ。ひゃー!

8月8日(土) 晴れ

 

合宿が中止になったことを聞いて、思い浮かべたカレンダーに薄ピンクの丸 がついた。会えるかもしれない、と思った。パックンが香川に帰っている週 だから、私も香川に戻れば会えるかもしれない。すぐにそう考えてしまった ことに気づいて、ぷつと何かが解けた気がした。やっぱりパックンのことを 考えるときは、ぎゅうとなってしまう。

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ほんのした会話の中や、ふとした視線の先に気づくもの。誰かが誰かを想う 気持ちは、それが内緒の恋であればあるほどわかりやすい気がする。「谷川 くんでしょ」というと枝ちゃんはばふっと布団に顔を埋めて、「何で一度で 当てちゃうん…?」と私まで伝染してしまいそうなほど耳を真っ赤にさせて いた。

バイトが終わったあと、枝ちゃん家までぱたぱたと歩いていった。春に初め て会っただなんてことをすっかり忘れてしまったほど、当たり前に近くにい るようになった。布団に埋めたままの枝ちゃんの頭を何度も何度もよしよし してあげた。谷川くんなら、絶対に絶対に幸せにしてくれるよ。

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家はすぐ近くだったのに、武井くんがわざわざ送るよと言って車を出してく れた。朝一番の道路はランニングをしているおじいさんや、犬を連れた夫婦 以外には誰もいなくて、たまに軽トラックとすれ違うくらいだった。「この ままドライブしちゃおうか」と、明石海峡が見える場所まで車を走らせてく れた。

ほんの1年くらい前までなら、誰かにこうして車の助手席なんかに乗せても らったらすぐに恋をしていただろうなと思う。そんなふうに簡単に誰かに恋 をして、真っ直ぐに一途に想っていたころがうんと昔のことに思えた。今ま での恋愛のお話をして、ふたりでどこにも行き場のないような小さなため息 をついた。

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試験が終わって夏休みに入った。朝から夕方まで部活で、そのあとは夜中ま でアルバイト。家族よりも部活のみんなやバイト先の人たちといる時間が長 いから、家族のようにみんなのことを大切に大切に思う。ゆかちゃんの誕生 日を祝って、プレゼントだとかドッキリ作戦が大成功したことをりえちゃん とくみちゃんと喜んだ。頬がぎゅうと痛くくすぐったくなるまで笑うことを 覚えたのは、きっとみんなと出会ってからだ。

お母さんが月に一度私と会うとき、「久しぶりって感じが全然しないわ」と 言うのは毎日こうして電話をしているからかなぁと、明るく優しいお母さん の声を聞きながら思った。私が誰よりも恋愛下手で恋愛好きなことを一番理 解してくれていて、誰よりも応援してくれているひと。彼女は母親であると 同時に、一番の大親友であると思う。

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「あんたがパックンのことを大好きなのは小学校のときから知ってるから。 ずるずる想ってるくらいなら会ってぶつけちゃいなよ。彼なら振るにしても 受け止めるにしても、きちんと向き合ってくれるよ。気持ちを曖昧にしてた ら、パックン以外の今さやかの近くにいる人のことを傷付けると思うなぁ」

パックンに会いたいと思った。ちょうど3年ぶりに再会した花火大会から一 年だ。あの日がどんなに大切な日になったか、それからのデートやたくさん お話したことがどんなにドキドキしたか。今でもコーヒーを飲むことや小説 を読むことが癖になっていることだとかを、伝えたいと思った。

8月3日(月) 晴れ

 

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