長袖のひとを見るたび、それが背の高いひょろりとしたひとなら尚更、思い 出すひとがいます。ローソンでおでんの匂いがふわふわとするたび、見たい なと思う映画がCMで紹介されるたび、思い出すひとがいます。自分らしさを 失わず元気でいる様子が目に浮かぶけれど、目を開けても向かいの席は空っ ぽなままだよ。君を好きになって、いくつ季節を飛び越えただろう。

東京で彼女はいないよ、と言ってた。去年のクリスマス、日記には書かなか ったけれど、書きたくなかったけれど「来年のクリスマスは違うひとに連れ てってもらいな」と、いつもの優しい笑顔で彼は言ってた。ずきんときた。 ただ目を見ずにうんと笑うので精一杯だった。

春から小さな恋をいくつかしました。恋になれば、と少し焦っていたのかも しれません。だけどどの小さな恋も上手くいかないよ。好きになりたいひと がいるのに、長袖のシャツだとかおでんの匂い、そんな逆らえない季節の訪 れはあのひとまで連れてきてくれたみたいだ。

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好きになれたらいいな、と思っていたひとは滋ちゃん曰く「おすすめできな い」みたい。女の子好きだとかそんな気はしていたけれど、だけど優しいと ころだとか温かい雰囲気を持っていると、ちゃんと一緒にいて知ることがで きたのに。小さな噂や友達のひとことでぐらついてしまうのは、それがとて も小さな恋だったからなのかな。

ふわふわと煙草の煙、滋ちゃんはにかっと笑いながら「さやかちゃん、のっ ちのことはどう思ってるの?」と、ひとこと。のっちを好きになったら絶対 に幸せになれるとわかっているのに、まだそれに気づかないふりをしていた い。のっちとは喧嘩したり仲直りしたり、いまはそれが楽しくて、幸せ。

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クリスマスにもしお互い恋人がいなかったら一緒に過ごそう、だなんてすぐ にふうと消えてしまいそうな曖昧な約束をして、もうクリスマスの話かよな んて呆れられてしまって。だけどすっかり高く遠くなった空を見上げたら、 あの日ふわあと舞った白い風船を思い出しちゃったよ。

手帳にピンクの大きなまるがついた日。「パックンとおでかけした!」なん てひとことが添えてあって、ふはと思わず口元が緩んでしまった。デート、 と書きたくてしょうがなかったんだっけ、なんて思い返してみた。きっとこ れからもずっと、私にはもったいなさすぎる思い出の中で、私はあのひとに 恋をしているんだと思う。

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日が暮れるのが早いから、といつもよりも短縮された練習メニュー。夕日が まっすぐ右頬を照らしていて、部員のみんなを橙色に縁取っていた。私が一 番星だと指差したのは飛行機で、ゆっくりと流れるその一番星を見てカエち ゃん先輩が大笑いしてた。

ぐうと空を見上げると、鼻の奥が少しつんとした。流れる一番星の周りには 小さな星が瞬いていて、星は見つけようとすればするほどみつかるのだと気 がついた。東京の空は狭いと聞いたけど、本当ですか?神戸はすっかり秋空 が広がっています。

9月30日(木) 曇りのち晴れ

 

彼女ほど黒髪が似合う女の子を私は知らないし、彼女にはこれからもずっと そのままでいてほしい。日に焼けて余計に安っぽい茶色になってしまった髪 をくるくると手に絡ませながら、私のようにならないでほしいと思った。そ う思う以前に彼女は何にも染まらず、自分らしさを大切にしてずっときらき らと大きな笑顔を絶やさずにいてくれるはずだけれど。

小さな恋の始まりを一番はじめに伝えるのはいつも彼女だったし、勇気を出 すときに隣にいてくれたのも彼女だった。失恋した夜、ぶさいくに目を赤く 腫らした私の隣で「私があのひとだったら絶対にごっちを選ぶのに」と泣き 止むまで傍にいてくれたのも、いつも彼女だった。

放課後の食堂で向かい合わせに座って、足踏みしている恋に小さなため息を ついたりだとか、目が何回あったかを伝えたりだとか。同じクラスだったこ とは一度もなかったけれど、登下校だとか放課後のそうした時間が少しずつ 積み重なって、私にとって彼女はとてもとても大切なひとになった。

彼女の大きな優しい笑顔を私は一番知っていると思っていたけれど、恋人と 肩を組んで並んだ写真の中で、私の知らないふわあとしたとびきり幸せそう な笑顔をみつけた。「大学の友達にもみせてないよ。ごっちにだけ。」と、 私にとって嬉しすぎる言葉をくれたあと、とてもとても大切そうに写真を鞄 に戻していた。

恋をするときれいになる、と彼女を見ていると本当なのだと思わず微笑んで しまいたくなる。彼女の恋人が彼女をとてもとても大切に想っていること、 彼女がとてもとても温かく優しい気持ちで彼を想っていること。ふたりを私 もよく知っている分だけ、私もそのことがとてもとても嬉しい。

「気持ちが不安定になったときは私がいつもそばにいると思えば大丈夫」と 私が神戸に帰ったあと、メールが届いていた。引っ越す前の日にもらった手 紙も、今も大切に持っています。一番の親友であると同時に、あゆみちゃん は私にとってとてもとても大切な人で、一番の憧れでもあるよ。

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親友、がいます。友達は多ければ多いほどいいと思っていたけれど、お互い にお互いが一番大切だと言えて、ありのままの私でいることができて、弱い ところも泣き虫なところも意地張りなところも、全て包んで好きだと言って くれる友達はあゆみちゃんひとりがいいと思った。十分すぎるくらい、私の 自慢の友達です。

9月17日(金) 晴れときどき曇り

 

お店の入り口の端っこに置いてある小さなレシピ通りに料理をすると必ず作 りすぎてしまうことはわかっているけど、わざと騙されたふりをして食べき れないくらいのサラダだとかスープを作った。余ったよなんて言ったら食べ に行くよなんて、あのひとは冗談ぽく笑ってくれるのだろうか。

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ぱんと袋を開けて、ぴかぴかに磨いたガラス瓶にマカロニを溢れんばかりに 詰め込んだ。よく使うのよりもひとつ上の棚にそれを置いて、ふうとひとい き。一人暮らしを始めて、だんだんと増えていく小さな家具やこうした見て いるだけでも可愛い食材がとてもとても愛しい。

玄関を開けてすぐの靴箱の上には、マカロニのよりもまあるく可愛いデザイ ンのガラス瓶に、秋の並木道を思い出させる優しい香りのポプリを詰めた。 ほんとは桃色の甘い香りのにしようと思ったけれど、秋色の落ち着いたポプ リを選んだ。(パッケージには、グレープフルーツの香りと書いてあった。 秋の並木道、なんてそれを先に見てたらきっと思い浮かばなかったや。)

部活もアルバイトもない、久しぶりのオフの一日。本当は渡部くんと会う予 定だったけど、お互いそれぞれの友達と後期の履修計画をするからとまた別 の日になった。それでよかった、と思った。「また今度」の約束がすぐにで きて、その今度がすぐに来ることがとても嬉しいような、切ないような。

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後期の履修でどの授業を取ったよ、とわざわざ電話をくれた。ふたつだけ一 緒のがあって、そのときはよろしくなぁと笑ってた。電話越しの声は会って 話すよりもうんと近くに感じる。ほんの少しだけどきどきして、それに気づ かれないように少し急いでおやすみと言った。

9月13日(月) 晴れときどき曇り

 

ふわふわと白い息を見つめてばかりいた季節に大好きなひとと待ち合わせを していた場所で、お昼過ぎに渡部くんと待ち合わせをした。オムライスが食 べたいと言ったのは思いつきで、定食でもうどんでもコンビニのパンでも何 か食べれたらそれでよかったのだけど、ディスプレイにオムライスがあるお 店を見つけるまで探して歩いてくれた。小さなレストランの小さなテーブル 席で食べたオムライスは、とろりとしてとてもおいしかった。

海洋実習のときに何度か話す機会はあったけど、周りには友達が何人もいた ので、ふたりでいることが何だかとても不思議に感じた。だけど実習のとき みたく何も格好付けずにありのままの自分でいられることがとても心地よか った。(なんといっても実習のときはすっぴんだったし)渡部くんの腕には 不自然な日焼けのあとがあって、大きすぎた実習用のTシャツのせいだとふ たりで笑った。

ボウリング場で私の運動音痴さを披露させざるを得なくなってしまったり、 渡部くんの器用さに何度も拍手をしたり。ガターを出すたびに「いまのはワ ザトだったんやろ?」「…そうそう!」なんて大笑いをした。私は何かとよ く笑うのだけど、渡部くんもとても大きな笑顔で優しく笑うひとだ。

ふわふわと渡部くんの吸う煙草の煙が目やのどにひりひりとしたけど、いつ の間にか平気になっていた。ふうとほんの少しだけ遠くを見て目を閉じてい たときだけ、渡部くんが本当に大人に思えた。そのとき以外は20歳で私より も年上だなんて思うのはなかなか難しかったのだけれど。

ゲームセンターでコインだとかUFOキャッチャーだとかで遊んだのだけど、 帰る時間まで花壇の傍に座ってのんびりお話をしたことのほうが楽しかった なぁと思う。ゲームセンターにいた時間のがうんと長かったのだけれど。さ りげなくだけど次の約束を持ちかけてくれて、素直に嬉しいなと感じた。

ことことと、わざと快速ではなく普通列車を選んでのんびりと家に帰った。 実家の近くにある本屋さんのブックカバーをしてある小説を読みながら、心 の端っこで今日のできごとを振り返りながら、そのまた端っこで東京にいる あのひとのことを思いながら。

台風が駆け足で通り過ぎて今日を晴れにしてくれたことがとても嬉しいと思 ったのは本当だし、ボウリング場にいるとき私が引っ越す前日にパックンと ボウリングをしたことを思い出したのも本当。ぐるぐると、もやもやとした 思いは煙草の煙みたいで咽返ってしまいそうで苦しくて涙が出そうだ。

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素直でいることが一番幸せになれると思っていたけど、素直になればなるほ ど苦しい。嬉しいことを嬉しいと思うほど、どんどんと後ろめたい何かが心 の中でぐるぐるとしている。友達にもお母さんにもバイト先の人にも「いつ も重く考えすぎなんだよ」と指摘されてしまうけど、恋愛のことになると特 に深く考えすぎてしまうのかもしれない。

9月8日(水) 晴れ

 

手をうんと高く伸ばしてみても、携帯の電波はなかなかつかめなかった。山 の緑と海の青と、おそろいのTシャツの少し明るすぎる橙が眩しい。携帯を ぱちんと閉じて、大きく深呼吸をしたふりをして小さくため息をついた。あ のひとのことを想う気持ちはとても大きくなった、と思う。

大学からうんと離れた場所で、初めましてと笑った。きっとあのとき参加し ようかなんて誰かが言い出さなかったら、後期からもキャンパスでただすれ 違うだけだったのだろう。小さな奇跡がとても温かい。手を繋いで高く挙げ てバディと叫んだ。それは合言葉のような、秘密の言葉のような、そんな気 がした。

海に入るからとメイクを落としたらみんな誰だか分からなくなったり、海洋 センターのリーダーにかえちゃんが小さな恋をしたり。ふわあと浮かんだ煙 草の煙はけむたすぎて目を閉じてばかりいたけど、その中で見たみんなのす っぴんの顔はきらきらしていて可愛いなぁなんて思ったよ。

雨上がりの草原で、あゆちんとタンカと四葉のクローバーを探した。2階か らキャン君たちが笑っているのがわかった。みつけたハートのクローバーに 何を祈ったかはきっとみんな知らないだろうけど、この小さなお願いごとが 本当になるのかは今より少し大人になった私にしか分からないのだと思う。

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ふわふわふわと、夏の思い出が少しずつだけど心の中に残っていく。8月の 最後の週、3泊4日海と山に囲まれた場所で自然を感じた。その中で知り合っ た人と、次の休みにドライブへ行くことになった。好きだとか好きではない だとかそんな気持ちよりも先に、嬉しいと思った。

あのひとではない人に、恋をするのかな。ふわふわふわと、秋の訪れを予感 させる少しひんやりとした風に、想いが舞ってしまいそうだ。どんなにおし ゃれをしても、きれいになろうと思っても、今の私はきれいという言葉から はうんと離れているように思う。

9月3日(金) 晴れ

 

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