「朝車で家まで行ったろか?」とメールが届いて、嬉しくて毛布にごろごろ 包まってしまった。それだけで午前1時までバイトした次の日だとは思えな いくらい早起きして、ゴミ捨てにお弁当作り、洗濯に掃除を済ませちゃう私 はきっととてもとても単純なのだと思った。カーテン越しに伝わる朝の光は ほんのりと温かいこと、きっと少し前なら気づかずにいたように思う。

ピンポンとチャイムが鳴って、玄関を開けると坂井くんがいた。分かってい るのに、少しどきりとしてしまう。そのまますぐに学校へ行くのかと思った ら、まだ時間があるからと家に入ってきた。洗濯物とか部屋の中に干してい たから慌ててベランダに出したのだけど、その間に玄関の写真立てに飾って ある幼いころの写真を見られてしまって恥ずかしかった。

お互いが大好きな曲を大音量にして、笑いながら口ずさんだ。私が「ホット ケーキミックス買うたんやけど、泡だて器ないけん作れんかった」と言うと 「そんなんなくても作れるわぁ、俺が作ったろ」と、台所に立ってた。突然 だったからびっくりしたけど、あまりにも手際がいいから笑ってしまった。 いつも私が使うボウルとかヘラとか菜箸とか、自分のもののように使ってい て何だか照れくさかった。

ひとつのお皿に大きなホットケーキ。マーガリンを少し多めにのせて、赤い テーブルに置いた。色違いの大きなフォークでふたりで食べて、おいしいだ とか幸せだとかって笑った。朝からこんなに幸せでいいのかなぁと思った。 小さなテーブルの向かい側にいる坂井くんの髪は、光に透けてほんの少し茶 色くなっていた。

当たり前みたく助手席に乗って、何度も繰り返し聞いた曲を口ずさみながら 学校に向かった。初めて助手席に乗ったときは知らない曲ばかりだったのに いつのまにか歌えるようになってた。それだけ、隣にいたからなのかな。窓 の外を眺めていると、「この前のって、返事したほうがえんよな?」と言わ れた。何だかぴん、と少しだけ嫌な予感がしたから、「うん。でも、あとで いいよ」って言った。できるだけ明るい声で、続けて歌った。

ゆっくりと車を降りて、借りていたCDをふたつとも返した。ぱたぱたと斜め 後ろを歩くのも、何だかすっかり落ち着いてしまったや、なんて思った。パ ン屋さんのシナモンの匂いにおいしそうだとかそうでないとか言い合ったり バイクの免許のことについて教えてもらったり。大通りに出ると登校してい る学生がたくさんいた。振り返って、坂井くんはごめんって言った。

まだ一緒に出かけたりしだして間もないことだとか、お互いをまだあまり知 らないこと、昔の恋人のこと。きっと周りには他愛ないお話をしているよう に映ったかもしれないけど、そんなことを話してた。何となく気づいていた から覚悟はしていたけど、朝から一緒にホットケーキを作ったりしたから、 ほんの少しだけ期待もしてた。そっか、って笑って、ありがとうを言った。

依里ちゃんや理絵ちゃん、まみ先輩が私と坂井くんが一緒にいることをわぁ ぁと冷やかしていて、私は「おはよ!」ってできるだけ笑顔で言った。それ からもキャンパスの近くまではふたりで一緒に歩いていって、途中でバイバ イをした。「気まずくなるのとかはややけん」って笑ったら、「それは俺も やで。話しかけてなぁ」って言ってくれて、うんって笑った。

*

思えば坂井くんが私の中でほんの少し特別な人となってから一ヶ月足らずだ ったのに、溢れんばかりに思い出がたくさんあるよ。気になる人の助手席に 座ったこと、気になる人が家に遊びに来たこと、手作り料理を食べさせてあ げたこと、授業が始まるまでのあいだベンチでずっとお話をしていたこと、 カラオケにボウリングにドライブに、のんびりしたデートに。初めてのこと ばかりではないけど、ドキドキでいっぱいだった。

惚れ直したらいつでも言ってね、と言ったら「そのときはお前のが俺に気が ないかもよ」と言われた。私が真っ直ぐに惹かれていったのは、彼の優しさ がとても温かくてとても魅力のある人だったからだ。私もそんな魅力を持っ た人になりたいと思うと同時に、好きになれてよかったと心から思った。

*

滋ちゃんが「さやかちゃんの後姿があまりにも嬉しそうだったから、朝声か けれなかったんだよ」って久美ちゃんに話してたみたい。だって嬉しかった んだもん。これからどんな風に気持ちが変化していくのかわからないけど、 いつでも素直に、一生懸命でいたい。でも一生懸命過ぎて、いつも受け止め られないって言われてしまうのだけど。どうすればいいのかな。

11月26日(金) 曇り

 

父の誕生日なのと月に一度の通院のために香川に一日だけ帰ることに。ほと んど日帰りだから翌日は疲労が溜まりに溜まって大変なのだけど、春からず っと続けているからだいぶ慣れてきた気がする。夜にガストであゆみちゃん とお話することも、とっても楽しみにしていることのひとつ。ポストに投函 せずにいた手紙は、直接渡そうと思った。

見慣れた町が広がって、心の中でただいまと言った。この瞬間が大好きで、 この町が春から夏、夏から秋、そして冬の支度をしているいまを見れたこと がとても嬉しい。玄関を開けて家の匂いにほっとしながら、ただいまと声に 出して言ってみた。お母さんの作るにんじんスープがとっても温かくて、妹 が私の作ったチャーハンじゃないと食べたくないと言ってくれて、嬉しくな ったり。小さな小さな当たり前のことが、いまはとても嬉しい。

お父さんにおめでとうを言って、神戸で買ってきたシュークリームをみんな で食べた。(もちろん私も。)すっかり白髪が定着してしまったお父さんだ けど、目尻の皺が父の優しいところをくっきりと印しているみたいだと思っ た。小さいときに「お父さんと結婚する」と言ったのは丸きりうそじゃない よ。お父さんみたいな温かい人と、なんてずっと思ってるから。

あゆみちゃんのバイトが終わって少ししたころ、いつものガストで待ち合わ せた。もう9月以来になるのかな。だけど毎日会っているような、そんな気 がした。あゆみちゃんと彼とのお話を聞くのが本当に好きだ。ふっと放課後 の教室にいるような、古びた駅の待合室にいるような、そんな気持ちにな る。やっぱり今日も、一番の友達だと言い合った。恥ずかしがらずに心から そう言える友達がいること、やっぱり今日も幸せだと思った。

ぴかぴかと、携帯が光った。

"まだ友達と会ってるん?"
−ずっとお話しよる☆親友の子やけんついつい長話しちゃうよ!
"そうなんや☆恋愛についてとか?笑"
−…ないしょ!笑
"図星やな☆笑"

その通りでした坂井くん。あなたの優しいところに惹かれつつあることを、 大親友のあゆみちゃんに話したよ。

11月24日(水) 晴れ

 

家族が神戸に久しぶりに遊びに来てくれたから、坂井くんおすすめのケーキ 屋さんでチーズケーキとクッキーを買ってみた。甘いのが苦手な妹もおいし いって言ってくれて、思わず私も笑顔。真っ白な本棚を買ってもらった。春 からバスの中で読んだ小説を並べてみたら、一段埋まってしまってびっくり した。本は読むのも好きだけど、こうしてきちんと立てておくのも好き。

私の働いているアルバイト先にお母さんと妹とおばあちゃんが食べに来てく れた。たんちゃんが「いきなり声かけるんはどうかと思ったけど、このひと たちやあって思うて案内してん。いけやんに似てたし!」と、私の担当する テーブルに家族を案内してくれた。店長にも、「いけやんにそっくりやな。 輪郭とか!」なんて言ってて、嬉しいなぁと思った。

いつも怒られてばかりいるけど何だか店長が優しくて、特別に早上がりさせ てもらって家族と一緒に食べることにした。ずっと食べたくてしょうがなか った揚げ出し豆腐だとか軟骨焼きを食べて、最後にパフェを食べた。いつも 働いているところでお客さんとして座っているのは何だか不思議で、あたり 前なのに目の前に家族がいることがもっと何だか不思議だった。やっぱり何 だか落ち着くなぁと思った。

本当はお母さんの作ったご飯を久しぶりに食べたかったけど、朝は私が作っ てあげた。簡単なものしか作れないけど、でも去年よりは上手になったでし ょ。いつも電話でお話しているのだけど、「こうやってぬいぐるみ抱っこし ながら話しててん!」と、坂井くんが家に来てくれたときのことを話して、 ふたりで笑った。「親としてはそんなこと反対だけど、親友としてはほんと さやかのこと応援してるからね」って言ってくれて、笑った。本当に、いつ もありがとう。

*

バイトからの帰り道、月の光が強すぎて周りの星たちがほんの少し淋しそう にしてた。足元にはくっきり影があって、こんな風に月からの光を意識した のはいつぶりだろう、と思った。最近はすごく心も体も緩やかに落ち着いて いるなあと思う。はあ、と白い息。冬は、もうすぐだ。

*

今度のテストで負けたらカラオケ一回おごること、なんてさりげなくデート の約束を持ちかけてしまった。人を好きになると、意外に私は積極的なのか もと思い知らされてしまう。会いたい人に会いたいと言えなかったこと、い ますごく後悔しているから、だからもうこんな思いをしないように。また、 明日会えるのが嬉しいよ。

11月23日(火) 晴れ

 

語学の席は毎回講師の方が指定するから、毎回違った場所に座れるのがとっ ても嬉しかったのだけど、でも今日ばかりは坂井くんの近くでありませんよ うに、と思った。好きだとは言ってないものの、どんな告白の言葉よりも気 持ちを伝えたようなものだったから。だけど、やっぱり私はへんな運がある みたいで、私の前の席には「Sakai」のネームプレート。うわぁ、と思った。

嬉しいのに、嬉しくなくて、何だかただただ恥ずかしかった。教室に入って きて目が合って、前の席を指差した。ふはって笑ってた。ペアの女の子と話 している度にほんの少しずきんとして、振り向いてくれる度に嬉しくなって 声が思わず高くなったのが自分でもわかった。授業が終わったあと、「言い 逃げ?」と、意地悪そうに、でもいつもの優しい笑顔でそう言ってた。私は 恥ずかしくてしょうがなくて、「もう、忘れて忘れて!」って小さな声で言 った。でも、普通に話せてよかったって思った。

仲良しマネージャーの4人で、片端から野菜を籠に詰め込んで、みんなで早 く食べたいねって笑った。二回目の4人揃ってのお泊り会は、鍋パーティ。 分担して野菜や蒲鉾を切って(私は白菜と大根と葱切った!)、恋のお話や 部活のお話をしながらぐつぐつ煮込んだ。鍋はやっぱりわいわい食べるのが 一番だ。

肉だとか大根だとかを取り合いしながら、この4人のバランスが一番好きだ なぁと思った。春からみんな好きな人だとかが変わってしまったり、いろん なことがあったけど、でも4人の仲はどんどんと深まってる。ニュースをみ ながららしくもなく真顔で語り合ったり、ぐるぐると順番にこれからの決意 をしたり。久美ちゃんがみんなにお酒を作ってくれて、ほんのりと酔いなが ら部員さんのことだとかを語りっこした。

*

洗顔や化粧水を貸し合いっこしながら、どたばたと朝の準備。二限からだか らほんの少しだけいつもよりものんびりできたのだけど。ちょうど一週間前 の金曜、授業が始まる前に坂井くんとお話したのを思い出して、何となくま たお話したいなってことを伝えることにした。そしたらいいよって言ってく れて、授業が始まる40分くらい前に待ち合わすことになった。

理絵ちゃんも由佳ちゃんも一緒に早く出てくれることになって、本当に嬉し かった。朝マックしながら何だかふわふわしてしまった。お泊りしたあとだ から両手に大きな荷物持ってたのだけど、「身軽になって会っておいで!」 ってふたりが荷物を預かってくれた。本当に本当にありがとう。だいぶ待ち 合わせてた時間に遅れてしまったのだけど、図書館で坂井くんが待っていて くれた。ありがとう、って言った。

ただ一緒にいたいなぁと思っていただけだから、「何話すん?」なんて訊か れたらどうしようかと思ったのだけど、でも私の気持ちなんてきっとすっか りお見通しだったみたいだ。一緒にベンチに座って、昨日マネのみんなで鍋 したことだとか白菜を切ったことだとか、ただ楽しかったことをひたすら話 しただけなのだけど、ずっと優しく笑いながら聞いてくれた。

「遅刻するんじゃなかった。もっと長く話せたかもなのに」と、思ったまま に言ったら、ふははって笑ってた。「ほんまにいつもいきなり言うなぁ。言 い逃げ?」って、また言ってた。気になってしょうがないことが知られてい るから、何だか素直になれる。気持ちを伝えることって、大切なのかもしれ ないと思った。

三限後もお話できたらいいな、みたいなことを伝えたのだけど何だか時間が ないみたいで軽くへこんでしまった。あゆちんと大教室の真ん中少し後ろの 席でそのことを話していると、ぴかぴかと携帯が光ってた。そしたら3限の あとすぐ帰るん?と、メール。あゆちんが「一緒に帰ろうっていうサインや って。」って言ってて、まだそうと決まったわけではなかったのに喜んでし まった。

携帯の電池が残りひとつでひやひやしていたのだけど、あゆちんの言うとお りそのあと「車で送ったろか?」と言ってくれて、一緒に帰ることになった。 嬉しすぎて、鼻の頭が熱かった。授業が終わって待ち合わせのコンビニに行 くと友達くんと話している坂井くんがいて、私に気づくとさりげなく友達と 別れてた。斜めほんの少し前を歩いてくれて、何だか嬉しくて笑った。

友達に冷やかされながら「違うねん!」なんて言っていたけど、離れるわけ でもなくずっと隣を歩いてくれて嬉しいなぁと思った。駅の近くの駐車場へ 向かう途中の自販機で、またカフェオレを買ってくれた。指先をじんと温め て、頬にぎゅうとあてて。あったかくなったって笑ったのは、ホットコーヒ ーのおかげだけじゃないよ。助手席に乗って、パンダのぬいぐるみを膝に乗 せた。嬉しいな、と思った。

*

小さな優しさをたくさん持っているひと。「手の冷たいひとは心があったか い」なんてよくいわれているけど、坂井くんはきっとそんな感じだ。近づき にくい雰囲気でいっぱいだったけど、話せば話すほど惹かれてしまう。恋人 になりたいだなんてわがままは言わないから、優しいところをたくさんみつ けてあげられるひとになりたい。

バイバイをしたあととてもぎゅうと苦しくなって、明日がとても楽しみで、 だけど会う前はまたぎゅうと、胸が痛くなる。きっと誰かを好きになるとい う気持ちは、それぞれ恋の形は違っても似ているのかなぁと思う。このごろ 感じるそんな痛みは、何だかとても久しぶりで、すごく切なくなるよ。

11月18日(木) 晴れ

 

ピンポンと玄関のベルが鳴って、ほんの少しだけどきどきしながら立ち上が った。バイクの音で、何となくそうかなって思ってたのだけど。やっぱり今 日も黒いジャンパーだったから、ふはって笑って緊張がとけた気がした。玄 関に私のよりもうんと大きな靴があのは何だか不思議。まだふたりともおな かはすいてなかったから、のんびりいいともを見ながらいつもみたいに大好 きな曲を口ずさんだ。そういえばいいともあんまり見てなかったかもしれな い。

親子丼とチャーハンどっちがいい?って訊いても、どっちも好きとしか言っ てくれなくて困った。私が台所にいると坂井くんが私の手帳を見出すから、 大人しくしててって言ったら台所の様子見に来てほんと恥ずかしかった。ま だ見ないでって言ったら「俺はどこおったらいいねん」なんて言ってた。背 中押してテーブルのところに座らせたらまた手帳見てた。笑った。

「チャーハンに鮭フレーク入れるなんて聞いたことないぞ」なんて否定して たのに、食べ終わったあとにおいしかった?って訊いたら頷いてくれた。反 応薄いって怒ったら「俺はこういうやつやねん。おいしいよ」って言ってて 何だか照れた。食べ残しがひとつもない食器を洗うのは何だかとっても気持 ちが良くて、鼻歌歌いながら洗い物してたら坂井くんが私のベッドで寝てた。

私がいつもバスで通る道を、バス停ふたつ分ゆっくり歩いた。電気屋さんで タコ焼き機ほしいほしい言ってたら値段とか機能とかすごく詳しく見てくれ て笑った。私はこの春初めてこの町に来たけど、坂井くんにとっては地元だ からいろんな思い出を話してくれた。部活の大会のあとによく寄ったスーパ ーだとか、古びた遊具のある小学校のことだとか。

お土産に持ってきてくれていたケーキを二人で食べて、冷たいカフェオレを 飲んで、幸せだって笑った。「ここのケーキはほんまにおいしいねん!」っ て言ってて、その笑った顔がとっても可愛かった。買ってきてくれてありが とうね。坂井くんが食べてたほうのチョコケーキを一口くれて、何だか照れ た。私が食べてたショートケーキの苺はとっても大きかった。いつもだった ら一口で食べるけど、でも何となく、二口で食べた。

どこからか引っ張り出してきたタイトルやラベルのないMDを片端からかけて いて、何が入ってるかわからないからやめてって言ったのに全部聞いてた。 "おはロック"とか出てきて、大笑いした。知っている曲はふたりで大声で口 ずさんで、それが彼の好きな曲であればあるほど頭を揺らしてリズムをとっ ていて、ほんとずっと笑ってた。「こうやっていつのかわからんMD聞くの好 きやねん」って言ってて、わかるなぁ、と思った。

私が大事にしているぬいぐるみをバンバン叩きだしたり、ベッドにもぐって おやすみなんて言い出したり。どこからかまた手帳を持ち出してきて、プリ クラを見てたり。いつの間にかお互いの今までの恋愛を語りだしていて、私 はずっとパックンのことお話してた。ほんの数分で語れるわけないけど、で もいっぱい好きだったこと。まだ、どこか引き摺っていること。坂井くんも 話してくれて、ときどきぎゅうと切なくなった。さっきまでとは違う表情し てたから。

「いまはどうなん?気になるやつとかさ。」って言われて、窓の外見ながら わかんないって言った。私も同じ質問を返したかったけど、恐くてできなか った。坂井くんが煙草吸いに行くから玄関に向かってて、さっきはひとりで 行ってたのに「一緒に外出るか?」って言ってくれた。抱っこしてたうさぎ のぬいぐるみをベッドに戻して、返事の代わりに立ち上がった。

小さな階段に並んで座って、煙草の煙の端っこをぼうっと眺めた。ぷちぷち と足にあたる植木の小枝を千切りながら、坂井くんの肩越しに浮かぶ月を見 た。ぐるぐるする想いはひとつも言葉にならなくて、白いふきだしになるだ けだった。もう冬だね、って言った。そう言ったのに、何だか自分の気持ち が伝わってしまったような気がした。耳の後ろが少し火照った。

部屋に戻って、やっぱり坂井くんはベッドでごろごろしてて、私は散らかし たMDを片付けたり、やっぱり一緒に歌ったりした。バイトの時間が来て、一 緒に降りた。ヘルメットを被って手袋をしている彼に、「よくわかんないけ ど、ほんとうまく言えないんやけど、何か気になるよ。」って言った。え? って言われたから、指差した。顔が熱くて、しょうがなかった。「好きとか じゃないかもしれんのやけど、気になるん。言い逃げ!」って言いながら背 を向けると、「照れるやろが。おい。」って殴る真似された。ふたりで笑っ た。

恥ずかしい、って言ったら俺だって恥ずいわぁって怒られた。でも、やっぱ りふたりで笑った。「また連絡するけん、今日はありがとう」って言って、 さっき一緒に座ってた小さな階段を駆け上った。ドアを閉める前にもう一度 首をひょこりと出したらまだ見ていてくれたので、バイバイってした。バイ バイってしてくれた。

上手くいえないけど、今日一緒にいれてすごく幸せだって思った。どうやっ たら伝わるのか全然分からないから、指差したのは私にできる一番の勇気だ った。ベッドにごろんってなってぬいぐるみをぎゅうってしたら、煙草の匂 いがした。部屋がぱっと広くなってしまった気がして、少し淋しかった。

*

パックンの前で素直になれなかった分、嬉しいだとか気になるだとか、ちゃ んと素直に伝えることができたら、と思う。あんなに苦手だった早起きが続 いていること、バイト先でずっと笑顔が保てること、授業前の予習をまたす るようになったこと。きっと全部、君のおかげだということ。

11月17日(水) 晴れ

 

午前4時ころまで部屋の片付けだとかノートの整理だとかしていたのに、き ちんと7時半に目が覚めること。時間さえあれば鏡を磨いたりだとか、ベラ ンダに箒をかけたりだとか。曇り空でも気分が一緒にどんよりしないのは、 きっと毎日が充実しているから。自然と笑顔が増えて、以前だったら一日悩 んでいたこともプラス思考で何だってできちゃいそうだ。

お母さんが送ってくれたダンボールの中には、お米と私の大好きなバウムク ーヘンのお菓子と、カルシウムがたっぷり取れるウエハースと、カップラー メン。何だかむちゃくちゃな組み合わせだ、と思ったけれど思わず頬が緩ん だ。ありがとう、と電話をすると「笑った?」といつもの元気そうなお母さ んの声がした。今月は給料がいつもよりも1万円くらい多かったから、何か プレゼントしたいなと思った。

理絵ちゃんが友達と話している間、のんびりコンビニの前で待っていたら少 し遠くから黒いジャンパーを着た気になるあのひとが来た。ほんとに黒が似 合うなあなんて思いながらおはようと言うと、いつものように「おう」と笑 ってくれた。一緒に出かけたり話したりするようになってから、会うたびに どきどきするということはないのだけど、嬉しくてしょうがなくなる気持ち は日に日に増しているような気がする。

「これからスロットでも行ってこようかと思って。暇やねん!」なんて言っ ていたから、来週の空き時間は一緒にどこかでお話しようなんて言ってみよ うかなぁと思った。昨日のことだとか、このあとの授業のことだとかを話し ながらほんとに優しく笑ってくれるひとだなぁって思った。理絵ちゃんが小 さな声であらあらなんてこっちを見てて、彼と目が合って恥ずかしくて笑っ てしまった。バイバイ、ってもう一回笑った。

久美ちゃんが「あいつはごっちの前ではそんな優しいんやぁ」と笑ってて、 嬉しいような、ほんの少し淋しいような。あのひとから話しかけてくれたり だとか、遊びに誘ってくれたりしたのだけど、でもきっと私のがうんと気持 ちが大きくなっている気がする。想いすぎたら負担になることはわかってい るのに、どうして私は軽い気持ちで接することができないんだろう。

*

大学ではほとんど友達とも授業が重ならないから、指定されている語学のク ラスだけが何だか高校までのクラスみたいだ。少し遅刻してきたあのひとを みんなが笑って、私も笑って。クラスメイトのひとりが特別になる瞬間は、 こんな感じだったなぁ。窓際の席からずっと遠くの席の好きな人を、横目で そっと見てた中学のころを思い出してみた。やっぱり誰かを好きになること は楽しいことばかりではないけど、きっととても大切なことだと思う。

*

水曜に、お昼ごはん作ってあげることになりました。‥ひゃー!!

11月15日(月) 曇り

 

11月2日〜11月14日分のログ

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