部屋がブラウニーの香りに包まれる前にメッセージカードを書き終えなくち ゃなあなんて思っていたのに、書きたいことは上手くまとまってくれなくて ただ一番上に「ハッピーバレンタイン」なんてありきたりな言葉を思いつい てペンを滑らせている途中に、ぴいとオーブンが鳴った。部屋に甘くて少し 香ばしい匂いが広がった。

甘いもの好きな彼はいったいどんな顔をしてくれるかなあ。ラフィアのリボ ンをはさみですうと巻いて、くるくると躍らせてみた。きっとこんなところ まで気づいてはくれないだろうけど。赤い画用紙で作った小さなハートを黄 色いパッキンの中に少し隠してみたことも、きっと。だけど細かいところま で可愛くラッピングしたくなる。とことん、ね。

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あなたなしでは中学・高校生活を語れないよ、と言い切れるほど傍にいたさ とぴいから久しぶりにメールが届いていた。嬉しいなあ、と思わず頬が緩ん だ。大学生活はとっても充実しているのに、こうしてときどき高校までの友 達と連絡を取ると、悲しくもないのにぐうと涙が出そうになってしまう。会 いたいなあほんとに。

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バスを降りてぱたぱたと走っていたら、「おねえちゃん、これ落としたよ」 と足が少し悪そうなのにも関わらずおばあさんがぱたぱたと走って定期券を 届けてくれた。わあ、と思った。慌ててお礼を言うと、にこおと笑ってくれ た。小さいころから可愛いおばあさんになりたいとよく言っていたけど、こ のおばあさんだ!とぴんときた。本当にありがとう、おばあさん。

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明日は久しぶりに坂井くんと会います。ドキドキ。

2月13日(日) くもり

 

少し遠回りになるけれど、大学近くの駅からではなく家に近い駅から三宮へ 向かうのは、この駅が少しだけ私にとって大切な場所だから。バスを降りた ら坂井くんが煙草片手に待ってくれているような気がして、路地裏にパンダ のぬいぐるみを乗せた車が停まっているような気がして。当たり前の毎日は きっとこんなふうに私の中で思い出になっていくんだ、と思った。

どのお店も赤やピンクで装われていて、ラッピング用のリボンだとか紙袋を 手に取る女の子たちの頬もほんのり赤い気がした。きっと坂井くんが一番喜 ぶのはコアラのマーチなのだろうけど、14日はもう少し気持ちを込めさせて ね。カラーが似合わない彼にぴったりの、英字新聞をモチーフにした小さな 箱を選んでみた。紙袋もシンプルに。どんなふうに受け取ってくれるかなあ。

小さな雑貨屋さんで、布とレースを買った。他にもボタンだとかラフィアの 紐だとか。雑貨屋さんにあるものはほとんど優しい茶色が使われているから 何だかとってもあったかい。家に帰ってすぐに一針ひと針、レースを布に縫 い合わせてみた。時間はかかるけど、出来上がったときの嬉しさは何にも代 えられないや。どこか寂しく感じていたテレビ台に敷いてみた。うん、ぴっ たり。

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もうすぐ初めて坂井くんにぎゅうってされた日から一ヶ月。早いのかなあ。 早く感じたほうが充実しているのかもしれないけど、毎日が意味のあるもの になった気がして、私にはとってもとっても長く感じた。記念日だなんて響 きは照れくさすぎて使わないけど、6日は一緒にお昼を食べに行くことになり ました。やったぁ。

2月3日(木) 晴れ

 

どこが出るかなあなんて前の席のゆうこちゃんと教科書を広げたり、チョコ を分け合いっこしながら早く試験期間終わってほしいねなんて笑ったり。語 学のクラスは少人数で仲が良くて、中学や高校のときの教室みたいだ。さり げなく後ろの席に坂井くんが座ってくれて、直接話したわけではなかったけ れど何だか嬉しかった。みんなには内緒だから、この少し歯痒くてくすぐっ たい気持ちに坂井くんもなってくれていたらいいな、と思った。

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手袋を取ったときの指先に感じる空気だとか、ふはあと思ったよりも大きく 広がる白い息だとか。図書館からの帰り道、自転車を押しながら地下道を上 っていた。見上げるとぼたん雪が私を囲むように空から降っていて、傘も差 さずに、人目を気にせずに、ずっとずっと雪を感じてた。大きく広がる白い 息を見るたび、そんな去年の受験前を思い出す。

試験が終わった久美ちゃんと、食堂でのんびりカフェオレを飲んだ。これか ら長い長い春休み、周りのみんなは旅行だとかの計画を立てているけれど私 たちは部活の練習が本格的に始まる。「彼のためにも肌とかケアせんといか んね。日焼けとか!」なんて久美ちゃんが言っていたので、わあ、と思った。 ただでさえバイトで手先が荒れていてぎゅうと手を握られることに躊躇って しまうのに。

私は坂井くんのために可愛くなりたいなあ、とか、きれいになりたいなあ、 と思うタイプで、久美ちゃんは「あたしがあいつをいい男にするねん。あた し好みにしちゃる」なんて言うタイプだ。お互いに相談していても全く違う 考えだから、逆にそれがとっても面白くて楽しい。久美ちゃんの考え方はど こか坂井くんにそっくりだから、余計にかな。そして久美ちゃんの彼は私と 似た考えの人だから、何だかほんと面白い。

恋愛ってふたりでするものじゃなくて、きっとこんなふうに友達とのおしゃ べりの中でも気持ちが大きくなっていくもの。昨日よりもすこし、会いたい 気持ちが大きくなってしまった気がした。私の乗るバスが来るまで久美ちゃ んは傍にいてくれて、やっぱり坂井くんと似ているかも、と思った。

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"あいよ(^-^)飯一緒に食おな☆"なんて坂井くんから言ってくれて、何だか それがとっても嬉しくて喜んでばかりいたら、ほんと少しのことで喜ぶなあ と言われた。

2月2日(水) 晴れ

 

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