神戸から高松へ向かう高速バスで、窓側の席を取れたときはいつもそれだけ で口元が緩んでしまう。太陽の光をぴかぴかと反射させて揺れる波だとか、 淡い空に浮ぶやわらかい雲だとか。だんだんと見慣れた町が目の前に広がっ て、それに気づく前に鼓動が早くなってた。読みかけの本に栞を挟んで、ぱ たんと閉じた。

月に一度通院で香川に帰るたび、あゆみちゃんとはお茶したり夕食を一緒に とったりしていたのだけど、こうしてふたりで電車に乗るのは夏以来で、高 校まで行くのは卒業以来だ。がらんとした車内で並んで座って、駅名を当て っこしながらくすくす笑った。久しぶりだなあ、と思った。

当たり前に毎日一緒にいて、目が開かないくらい泣いた日も、立ち上がれな いくらい笑った日も、ずっとずっと隣にいた。その当たり前、にあの頃は気 がついていなかったけど、離れてみて初めてその日々の積み重なりの大切さ に気がついた。大切な人に大切だと伝えることができること。きっときっと とても幸せなこと。

二回折ったスカートではないし、糸を切ったリボンも付けていないけど、靴 箱ややけに広いホールを通るだけで高校生のときの私に戻った気分だ。昼休 みに好きな人の背中ばかり目で追ってた廊下だとか、晴れない悩みをぐるぐ ると友達と話してたベランダ。全部全部あの頃のままで、でも確実に時が経 ってしまったということ。来賓用のスリッパは何だかとても冷たく感じた。

あゆみちゃんとふたりで高校近くの焼肉屋さんに。「こんなに近いのに一度 も行ったことなかったね」なんて笑った。あのころは夜の7時でもうんと遅 く感じてたんだっけ。少しは大人になったかなあなんて話していたのだけど、 火力を上手く調節できなくてわあわあ騒いで隣に座っていたおじさんに助け てもらったりして、やっぱりうちら変わってないねって笑った。

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ずっとずっと、楽しいなあと思える瞬間をぐるぐると過ごすことができたら どんなだろう、と思う。だけど、それだとその大切さに気づくことはできな いんだろうなあ、と思う。大好きで大切で愛しく思う高校生活の一部でだけ れど日記に残せたことをとても幸せに思うから、やっぱり今日の気持ちも日 記に残すことにします。(最近すこしさぼり癖があったので、気合の入れな おし!)

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失恋したてなのに何だか元気なのはあの子のおかげかもね、と私も気づいて いるくせにまだもう少し気づかないふりをしてたい。調子のいい子と思われ たくないよきみにも、みんなにも。

3月27日(日) 晴れのち曇り

 

空を見上げてまぶしいと感じたのはとても久しぶりのこと。目覚ましよりも 先に起きることができた朝はいつもよりも特別で、バス停までの坂道でふん わりと土の匂いがして、気持ちいいなあと思わず笑顔に。一人暮らしを始め て今日でちょうど一年だ。あの日と同じ、春の匂いでいっぱい。

坂井くんとはできれば誰もが避けたいと思っているかたちで終わってしまっ たように思う。それは私の幼さと、彼の意地張りなところが大きく原因して いるのだけれど。四月から笑顔で彼に会う自信はあるけれど、戸惑わずにい られるかというと絶対にそうではない。でもだいぶ気持ちは落ち着いてきた よ。彼は、どうなのかなあ。

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ココアを飲んでいたら「ほんとに子どもだなあ」と笑いながら私の向かいの 席に座っていた。メニューでばんばん頭を叩きながら怒っていると、その下 にいつもと変わらない笑顔。何度も喧嘩して、泣いて、気まずさに耐えられ ずに仲直りを持ちかけて。春からずっとそれが続いていて、これからもたぶ ん続くんだろうなあと思う。「やっぱり言うとおり、うち見る目なかったん かも」と言うと、「やから何度も言っただろが」と怒られてしまった。

見る目がなかったなんて思っていないし、坂井くんと一緒にいれたこと全て を後悔することなんてこれから先ずっとずっとないと思う。だけどあのとき に坂井くんじゃなく、いま私の向かい側に座っているきみの手を握っていた ら私きっと泣くことなんてなかったんだろうなあって、きみは絶対に幸せに してくれただろうなあって、そんなこと思った。

右手を捉まれて振り返ると、もう悩むなよって頭を撫でてくれた。いまさら きみの大切さに気づいたよなんて言えるはずもなくて、ただありがとうを言 うので精一杯だった。私が見る目なかったと言ったのは、坂井くんが悪いの じゃなくて、きみの大切さにあのとき気づけなかったこと。私は幸せをみつ けるのがとてもとても下手みたいだ。

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朝から部活で、バイトはこのごろほとんどラストまでで、それがぐるぐる続 いているだけの毎日だけど、空の色が日々違うみたく感じる気持ちも昨日と 今日ではやっぱり同じなんてことはなくて。その小さな変化も残さずぜんぶ ここに詰め込みたい。ほんとは涙でいっぱいの毎日だったけど、大好きな三 月の日記はやっぱり笑顔を残したいよ。

3月19日(土) 晴れ

 

カーテンを開けたままいつのまにか寝てしまっていたから、目を覚ますと部 屋中にぽかぽかと暖かい光が広がってた。もう一度だけ目を閉じて、心の中 でおめでとうを自分に言ってみた。レミオロメンの「3月9日」をセットして、 とびきり大音量で部屋に響かせた。去年の春、この部屋にまだベッドとテー ブルしかないようなとき、床に置いたままのCDデッキで毎日聴いてたんだっ け。

ぽかぽかぽかと暖かさだけが届くバスの中で、昨日の晩から届いていたたく さんのおめでとうメールを一通ずつ開いた。小学校のころの友達からも届い ていてびっくりした。ずうっと会っていないから、彼女の面影は小学生のこ ろのままだ。部室のドアを開けた瞬間におめでとうと理絵ちゃんが叫んでく れて、ふはって笑った。いっぱいいっぱい、ありがとう。

部活が終わったあとマネのみんなで食堂に行くことに。財布をポケットに入 れて、ぱたぱたと通路をみんなの後ろについて歩いていたらのっちが膝を伸 ばして道を塞いできた。びっくりしすぎてぽかんと口を開けていたら「おめ でと。今日だよね?プレゼント。」と小さな箱を渡してくれた。他の部員に は内緒なあと小さな声で言われて頷いてたら、前を歩いてたマネのみんなが 冷やかして先々と行ってしまってた。そんなんじゃないのに、なあ。

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大学の近くのカラオケ屋さんで久美ちゃんと理絵ちゃんと弾けることに。坂 井くんとよく来たところでもあるから心の中でわああと思っていたら、通さ れた部屋は坂井くんと入ったことのあるところでもう何だかなあという感じ だった。でも椅子の上で飛び跳ねながらみんなで歌って笑って叫びまくれて ほんとにほんとに楽しいなあと思った。

"あなた"だとか"君"の歌詞のところを好きな人の名前に変えて歌うのが私た ちの間で流行ってて、HYのSong for..を歌っているときに何だか涙が止まら なくなってしまった。カラオケで泣いたのなんて初めてだったし、みんなの 前でも滅多に泣かないのに、なあ。理絵ちゃんがハンカチ貸してくれたり、 久美ちゃんが「元気を出して」って曲を続けて歌ってくれたりしてよけいに 嬉しい涙が止まらなかった。ぐすん。ありがとうね。

最後はaikoのPower of loveをみんなで1フレーズずつ歌った。最初は「あな た」のところを変えて歌うだけだったのに、だんだん歌詞を無視してみんな 好きな人たちとの思い出をひたすら文にして歌ってた(叫んでた)。8回くら いそれを続けて歌って、歌い終わったときみんな息切れしてて疲れてて笑っ た。

ときどき久美ちゃんたちのパワフルさに乗り遅れちゃうことがあるけど、で も今日はちゃんと弾けたよわたし。たぶん他のひとの前だったらマツケンサ ンバなんて踊れないよぜったい。今日は一緒にいてくれて、ありがとう。み んなのとびきり元気で明るくて弾けてるとこ、ほんとに大好き。みんなに出 会えてほんとにほんとにしあわせ。ありがとうね。

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銀色の原付が向こうから走ってくるたび、白い軽自動車が信号待ちをしてい るたび、黒いジャケットのひとじゃないことにふうと安心してしまうわたし がいる。だけれどパンプスを地面に響かせて駐車場を歩くときだけ、また銀 色の原付が停まっていないかなあとか、白い軽が花壇の横にエンジンをかけ て停まっていないかなあ、とか。そんなこと考えてる。

俺さぶがりやねん、と部屋に入るといつも決まってふかふかのひざ掛け毛布 の中に足を入れてきた。最初はテーブル越しの距離だったけれど、いつのま にか膝がそっと当たるくらいになってて、一緒に包まったときもあったね。 私も寒がりやけん、なんて言ってたけどうそだよ。きみが部屋にいるだけで 頬は火照って火照って冷やすのが大変だった。ほんとは、ね。

ぽかぽかぽか、暖かくなってきたからふかふかのひざ掛け毛布はクロゼット にしまうことにしたよ。これで少しはきみのことを思い出す時間は少なくな るかなあ。でもふたつ揃いの食器だとか淡い色の掛け布団だとかごちゃごち ゃになったままのMDケースだとか、まだ部屋には思い出がたくさん転がって るよ。離れて初めて、毎日がきみでいっぱいだったことに気づいたよ。

もっとちゃんとひとつずつ伝えられたらよかった。コンプレックスだらけの 手を握ってくれたとき、何で握り返せなかったんだろう。もし次に大切なひ とができたら、ちゃんとひとつも零さず伝えていきたい。それがきみだった らと思うのはやまやまだけど、でもそれが難しいことくらいわかるよ。だけ どやっぱりもう少しだけ、きみを思っていたいです。ほんとに、諦めが悪く てごめんね。大好き。

3月9日(水) 晴れ

 

ぽかぽかということばがぴったりで、普段よりも時計の針が少しだけ眠たそ うにチクタクと動いている気がした。晴れてよかったねと二年前と同じこと を言って、ふたりで笑った。わたしが生まれて初めてのデートをしたひと。 付き合うこともなくおしゃべりを頻繁にするわけでもなく、ただ彼に好きな 女の子がいることを知り、どうすることもできないまま時だけが経ってた。 卒業したきり彼とはもう会うこともないんだなあと思っていたから、突然の 連絡がとてもびっくりして、嬉しかった。

歩みの遅いわたしに合わせてくれているのか、彼の歩幅なのか。のんびりと 海が見える駅まで歩いた。さり気なく車道側を彼が歩いてくれていて、嬉し いなあと思った。独特の方言だとか、鞄だとか。あのときと変わっていない なあなんて思いながら、大きな背中の斜め後ろをゆっくりと着いていった。 ただひとつあのときと違うのは、どきどきで苦しくなったりしないこと、か なあ。

ここはぜったい好きなひとと来るところだねえなんて話しながら、ずうっと 続く桟橋を歩いた。口数の多いひとではないけれど、雰囲気がとても温かい ひとだから、ただ一緒にいるだけで何だかとっても落ち着くことができた。 海のおと、風のおと、ブーツのおと、ほんとに暖かいねと優しく笑う彼の声 がそれらに添って桟橋に響いてた。太陽のひかりは海に反射していて、帰り 道は笑っていないのに目がにいとなってしまって、それに思わずほんとうに 笑ってしまった。

公園の古びたベンチに座って、ふはあと大きく息を吐いた。じんと爪先がし びれるのがわかった。芝生の匂い、青々とした空と海、空気の暖かさ、その ひとつひとつを感じるだけでもとても楽しくて、そして彼もきっと同じこと 思っているだろうなあ、と思った。思い出したように、プレゼントがあるん だ、と箱を鞄から取り出してそれをそうっと渡してくれた。少し早いけど誕 生日プレゼント、と笑ってくれて、わあ、と思った。さり気なさが彼らしい ような彼らしくないような、ね。

廊下の向こうに見つけたりだとか、夏休みの図書室に通ったりだとか、ただ 背中を追いかけるだけの片想い。そこらじゅうの勇気を振り絞って誘った映 画は彼との一度きりのデートとなって、だからよけいにとてもとても大切な 思い出になっていた。友達として、だけどまたこうしてふたりでのんびりと 会うことがあるなんてあのころのわたしが知ったらどうなるのかなあ。きっ とものすごくうらやましがるのだろうなあなんて。

バイトに部活に恋愛に、悩んで疲れてばかりいたから今日みたく"心が落ち 着いているなあ"と感じれたことが本当に久しぶりだった。またひとつ高松 の街が大好きになった気がするよ。今日はありがとう。恋人にはなれなかっ たけれど、大切な友達になれたこと、きっとすごく幸せなことなのだと思い ます。また、いつかね。

3月7日(月) 晴れ

 

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