すうと日の暮れた空に飛行機雲が伸びていた。太陽の姿はないのに、その光 をいっぱいに吸収させて輝いていたから、思わず見入ってしまった。きっと 広いグラウンドにいなければ気づかなかったこと。彼が部活を辞めると宣言 して、すっかりグラウンドが空っぽになってしまった気がした。こんなこと ならショルダーを着けた彼の姿を目に焼き付けておくんだった、と思った。

久美ちゃんに思わず「見て!」と叫んだのは、ショルダーとメットを担いだ のっちが階段を下りてきたから。久美ちゃんが笑って、私も声にならない嬉 しさを噛み締めた。部活が終わったあと、「おそろいのブレスレット付けた まましてたんだけどタックルされたとき吹っ飛んでしまった」なんて眉を下 げて謝ってきた。そんなの許すから、またショルダーを着けてくれてありが とう、と思った。

私が以前に部活を辞めようと考えていたとき、それを留まらせてくれたのは のっちだった。だけどそののっちが今度は辞めようとしていて、私は一体ど うすればいいのだろう。ここでごっちも辞めたらただのバカップルだよ、な んて久美ちゃんに言われたからではないけれど、そんなふうに思われたくな いし、でもお互いの夢も大切にしたいし。そんな考えは次々に溢れてくるけ れど、ただ今は、こうしてまた同じグラウンドで練習できたことが嬉しくて しょうがなかった。

部室棟で帰る準備ができたことをメールに書いてマネージャー室を飛び出し た。ちょうどシャワー室から出てきたのっちと鉢合わせる形になって、いま せっかくメール送ったのに、と笑った。一回生が自販機の前にいるから、小 さな声で待ち合わせの時間と場所をふたりで決めた。あとでねって手を振っ た。もしのっちが部活を辞めてしまったら、こんな小さなやりとりもなくな ってしまうのかなあなんて頭を過ぎったけれど、いまはそんなこと考えてい ちゃだめだね。

手をぎゅうと繋いで、少しいつもよりも遅く歩いてみた。もともと歩みは遅 いほうだけれど、それでも遅く歩いてみた。どした?って聞いてほしかっ た。ほんの少し涙目の理由を聞いてほしかった。辞めないでって、伝わった かなあ。ずっとずっと一緒がいいよ。いつのまに、こんなに大切に想うよう になったんだろう。

*

トーストと昨晩凍らせておいたゼリーをふたりでつつきながら準備をしたあ と、王子動物園までことことと普通電車で向かうことに。インスタントカメ ラとパンフレットをポケットに入れたのっちは何だかお父さんみたいだった。 眩しいと目を細めていたら、のっちが帽子をぱふっと被らせてくれた。のっ ちのお気に入りの帽子だ。くすくす笑っていたら、ぎゅうと右手を引っ張っ て行くよって笑ってくれた。ほんとにお父さんみたいだ。

リスの真似をして写真を撮ったり、大きすぎる熊を体格のいい部員さんに例 えて笑ったり、ヒョウと目を合わせてふたりして鳥肌立たせたり。黄色の帽 子を被った幼稚園の子どもと同じくらい目を下げて楽しいなあと笑うのっち の隣で、幸せだなあと思った。ずっとずっと憧れだったことを、魔法使いよ りも素敵に叶えてくれるひと。誰かといることの心地よさを教えてくれるひ と。

帰りの電車で肩を合わせてふたりして目を閉じた。駅が近づいたら起こすよ なんて言ってくれていたのに、のっちもすっかり熟睡してたみたい。どこか に遊びに行った帰りに疲れて寝てしまうだなんて、本当に子どもだね。でも 君だったらずっとずっと信じれるよ。だからなのか分からないけれど、いつ もとても心地よくて、君の肩に頭を乗せるとすぐに眠たくなってしまうのだ けれど。

5月27日(金) 晴れ

 

待ち合わせに遅れた私の頭をぽんと叩きながら、ばたばたしていてお揃いの ブレスレットを身に付けずに来てしまった左手首を握りながら、ほんとにこ の子はあ、と目尻をにいと下げて笑ってた。ぎゅうと手を握り返して、ごめ んねを伝えた。歩みの遅い私をときどきくいと引き寄せてくれるのだけど、 ふっと近くなってその度に嬉しくなってしまう。

せっかくの記念日なのに「1回生の女の子に俺すごく人気みたいなんだよ。 妬いた?妬いた?」とにこにこしながら私の顔色を伺ってばかり。もう、と 膨れる頬もだんだんと緩んで、泣き出しそうになってしまった。いつからこ んなに妬き餅焼きになったんだろう。テーブルを乗り出さないばかりにのっ ちが慌てたあと、ひとつの包みを手渡してくれた。

「一ヶ月記念な。ずっとこの曲好き好き言うてたCD。」とのっちが笑ってて、 わあ、と思った。「記念日やけどプレゼントもなくてごめんな。」なんてさ っき言ってたのにずるいや。でも、ありがとう。私も内緒で書いてきていた 手紙を渡した。やっぱり私は言葉にすることが気持ちを一番伝えることがで きるかなあ、と思ったから。ふたりで、ありがとうって笑った。

原付を駐車場に停めたまま、一ヶ月前に付き合おうかと笑った公園までふた りで手を繋いで歩いていった。「"しあわせにしてくれる〜?"ってごっち言 うてたんよなあ。」なんて私の声真似をしながら笑うので、もう、と頬をぎ ゅうと押してみた。私がもう、と頬を膨らますときはほとんど照れ隠しなの だけど。きっともう気づかれているとは思うけれど、ね。

ずっとずっと友達だったひと。友達と恋人の違いは何だろう、なんてよく頭 を抱えていたけれど、だんだんと分かってきた気がするよ。忙しくて慌しい 日々の中でも、自分らしさを持つことができるようになったように思うよ。 のっちと、恋人同士になれて本当によかったなあって日に日に強く感じるよ うになったよ。

とびきりの笑顔で照れもせずに大好きだと伝えてくれてありがとう。私の笑 顔が好きだといつも言ってくれるけれど、私ものっちの温かい笑顔が大好き だよ。

5月17日(月) 晴れ

 

端っこの席って好きやけど譲ったげるなあ、と端の席を空けてふうと座って た。くすくすと笑いながらのっちの譲ってくれた端っこの席にゆっくり座っ た。がたんごとんと各駅停車の電車が揺れてた。大きな窓から見える景色が 大好きで、急ぎでなければ私はいつも快速ではなく普通電車を選ぶ。そのこ とを言うとのっちは「ほんまにのんびりやなあ。俺だったらありえないよ」 と笑ってた。ありえないのに、今こうして私に合わせて普通電車に乗ってく れてありがとう、ね。

着信は久美ちゃんからで、今どこにいるのかということだった。どうやら久 美ちゃんも彼とお出かけ中らしく、ふたりでダブルデートしよう計画を立て ていたみたい。電話を切ったあとのっちと大笑いした。「久美ちゃんは俺ら 並んで歩いてるだけで冷やかしてくるもんなあ。ダブルデートとか絶対やだ なあ。こうやって手も繋げんよ、たぶん」と言いながらのっちが私の右手を ぎゅうってしてくれた。そうだねって笑った。

いつもとびきりの笑顔で"姫"なんて呼んでくれて、ずっと手を繋いでいてく れる。お話が途切れることはなくて、くすくすと笑うとその笑い方が好きだ と言ってくれる。のっちは真っ直ぐだから、私もどんどん真っ直ぐに惹かれ ていくのが分かる。初めはのっちのが気持ちが大きいなあなんて感じていた けど、きっと今は私も負けてない気がするよ。

映画館へ続くエスカレーターで、前に映画を見たのはどんなタイトルで誰と 見たかなんて教え合いっこして、妬いた?なんてまたふたりで笑った。ふた りでひとつの大きなポップコーン。上映中に右手を伸ばしたらのっちがわざ と左手で触れてきた。わぁ、と思ってのっちを見ると目がにいって優しく笑 ってた。手を繋ぎたいなあなんて思っていたらぎゅうってしてくれた。嬉し いなあ、と思った。

*

実は少し前に坂井くんから連絡があって仲直りをしたのだけど、そのときに のっちと付き合っていることを伝えた。好きなまま別れたから伝えることに ずきずきとしなかったと言えば嘘になるし、取っておいてあげたプリントの お礼にと坂井くんがセレクトした曲が入っているMDをくれて喜んでしまった のは本当。だけど、いまはのっちに傍にいてほしいって思う。のっちのこと は絶対に裏切りたくないって思う。

真っ直ぐに私を想っていてくれた分だけ、私も真っ直ぐに真っ直ぐにどんど ん好きになってるよ。ばたばたする朝はチャーハンくらいしか作れないけれ ど、それでもおいしいってとびきりの笑顔で喜んでくれるのっちの傍にずっ といたいなあって思う。もっと料理上手になるけんね。

5月9日(月) 晴れ

 

雨の雫を纏ったツツジはどこか悲しげで、だけど昼間の歩道を明るく照らし てた。小さい頃よく蜜を吸ったよね、なんて言いながら水滴を弾くように花 びらをそうっと触った。耳元に何かを感じて振り返ると、「本物のお姫様み たいやあ」とのっちが笑ってた。ツツジを髪に翳してくれたみたい。嬉しく て照れくさくて、繋いだ右手に力を込めた。

ふわふわのスカートに、買ったばかりのサンダル。胸にはお気に入りのネッ クレス。ツツジの髪飾りを纏って、好きな人の隣を歩く。遠回りになるのだ けど、私がとても気に入っているから、と甘い香りで包まれた歩道を選んで 歩いてくれた。花がいっぱい咲いているからだけでなく、ほんの少しでも長 く君と歩けるから、この歩道が大好きなのだけどね。

パンと傘を開いて、相合傘。当たり前のように傘を持ってくれて、しょうが ないなあなんて言いながらも笑顔を絶やさないでいてくれるのっちの隣で幸 せだなあと思った。雨でも曇り空でも、残念だなあなんて思わなくなったよ。 恥ずかしがらずに好きだと伝えることができること。とびきり優しい笑顔で 俺もと返してくれる人がいること。私、すごく幸せだ。

*

アルバイト先で久しぶりにミスが続いてへこんでいたのだけど、ある家族連 れのお客さんに「私この子大好きなのよ。いつもここに食べに来たらこの子 いないかなあって探しちゃう。笑顔がほんと可愛いんだから。ね!」と呼び 止められてしまった。嬉しいなあ、やっぱり接客って好きだなあなんて思っ た。店長は相変わらず苦手だけれど、やっぱり今の居酒屋さんが大好き。ま だまだがんばれそう。

*

体調が優れなくて部活を休んだのだけど、のっちがお見舞いに大好きなデザ ートを買って来てくれた。ぎゅうってされて、充電。明日は試合だからお互 いがんばろうね。部屋にあった古いたまごっちを育てながら「ほんとたまご っちはごっちみたいやあ。ケーキあげただけでこんなに喜んでる。太るのに なあ。一緒だ。」と笑われた。もう!

5月7日(土) 晴れ

 

返却期限が迫っていたビデオを見ようということになっていたのだけど、お 店を出たのが終バスが発車してしまった時間だったので慌ててのっちにごめ んねのメールを送った。また駅から一時間かけて歩いて帰らなくちゃなのか あ、なんて思っていたら「一緒に歩いて帰ったるわ。夜やと暗いしひとりじ ゃ怖いやろ?いまから駅行くよ。」とすぐに返信。わぁ、と思った。

コンビニの前の横断歩道で信号待ちをしていたら、減速した原付が近づいて きた。ゆっくり手を上げたら手を振り返してくれた。ぱたぱたと横断歩道を 渡ってごめんねを伝えた。「ほんとにこのお姫様は。」と呆れられたのだけ どいつもみたくぎゅうってしてくれた。優しいなあと思った。試合で疲れて いるのに会いに来てくれてありがとう。一緒に帰ると言ってくれて、ありが とう。

国道沿いは原付を押して歩くのっちの左腕をぎゅうとして隣を歩いた。川に 沿って帰ったら早く着くかなあ、とときどきバイクの後ろに乗せてくれて近 道をした。悪い子だあ、とふたりで笑った。いつのまにかぎゅうって背中に つかまることを戸惑わなくなってた。初めて好きなひとの自転車の後ろに乗っ たときは服の裾を掴むことしかできなかったのに、なあ。

途切れることのないおしゃべりをして、伝えれるだけのありがとうと大好き を伝えて、昨日よりもまた惹かれてく。辞めようと思っていた部活を続けら れているのも君のおかげなのかもと強く思うよ。「今日ずっと腕にこれして てん」と見せてくれたのは、秋の大会前に私が作った背番号入りのお守りだ った。思わず頬が緩んだ。

のっちが私をぎゅうっとして、私はお気に入りのまくらをぎゅうってした。 くすくす笑いながらふたりでビデオ見てたのだけどお話ばかりしていてスト ーリーがあまり掴めずに終わってしまった。おやすみなさいを向かい合わせ で言えること。きっときっととても幸せなこと、だ。

5月5日(木) 晴れ
今日は両親の結婚記念日。22年だって!お祝いしたかったなあ。

 

水から出たときにふはあと息をするみたく、ふたりきりになったとたんにぎ ゅうと手を繋いだ。こうやって一緒にいるのが一番幸せだなあと笑う愛しい ひとの隣で、そうだねって目を閉じて私も幸せを感じた。棒読みするみたく 照れくさい言葉をくれたあと、ふたりでくすくす笑った。

じりじりとした春という言葉には似合わない太陽の下でも、突然の大雨の中 でも、グラウンドの真ん中で走り回れたのは大好きなひとと一緒だからかな あと思った。ぎゅうと私を包んでくれるときの温かい彼も好きだけれど、き りとした目でオフェンスを睨む彼も好きだ。部員さんと付き合っているマネ の先輩が「こうやって部活してる姿見るとかっこいいなあとか思っちゃうで しょ」と笑っていて、そうだなあと思った。

ドアを開けると必ず「おったあ」ととびきりの笑顔を向けてくれるから私ま で笑顔になってしまう。「こうやって迎えてくれるときのごっちむちゃ好き やあ。ちょこんってしてて」と言い終わる前にいつもぎゅうって包んでくれ る。大きいなあ温かいなあって、幸せだなあって。ドアのベル鳴らすときド キドキするって言っていたけど、きっと私も負けないくらい同じときにドキ ドキしているよ。

鳴り止まない目覚まし時計と、ふはあと大きなあくび。目を開けたらおはよ うと笑ってくれるひとがいること。「ごっちと付き合えてのっちすごく幸せ だろうね。ずっと好きだったんだもん」といろんなひとに言われるけど、き っといまは私のが好きの気持ちが大きくなってる気がするよ。毎日まいにち 好きだなあって愛しいなあって気持ちが大きく大きくなってく。

*

慌ててバスを降りたらお気に入りだった傘を手すりにかけたままだったみた い。ふはあと大きなため息。だけどお気に入りすぎたのでどうしても諦めら れなくて部活が終わったあとに問い合わせたら届いているとのこと。聞いた こともないバスターミナルまでのんびり小さな旅をしました。初めて訪れる 場所へ行く瞬間て何だかきらきらとしていてすごく好きだなあ。曇り空も気 にならないくらい、わくわくしてしまう。

ビニル傘とほんの少し離ればなれになってたお気に入りの赤い傘をふたつぎ ゅうと持って、帰りのバスの中からきらきらとした小さな町を眺めた。みっ つめのバス停で何かがピンと弾けた。そういえば一人暮らしを始めた次の日 に、家に帰ろうと乗ったバスが間違っていてこのバス停で降りたんだっけ。 二度目まして、久しぶり。あれから少しは大人になれたかなあ。

朝の間抜けなドジも小さな旅も、きっと君ならしょうがないなあなんて笑っ て聞いてくれるんだろうなあ。毎日ずっと一緒だったから今日みたいに会え ない日はほんの少しだけ心細く感じるよ。だけど久しぶりにゆっくりと日記 を書く時間ができてよかったのかも。やっぱり手帳の日記だけじゃ物足りな いや。これからもずっと君との幸せを綴れたらいいなあ、なんてね。

5月1日(日) 雨

 

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