スパゲティを茹でる時間をもどかしく感じなくなったこと。ほわほわと湯気 がまだのぼっているあいだに、たらこをからませた。色違いのフォーク、を 使いたいところだけれどのっちはお箸を使うほうが食べやすいみたいだから、 赤いフォークと黄色いお箸をテーブルに置いた。ごくんと喉を鳴らしたあと、 いただきますって言うの忘れてた、とのっち。くすくすと笑いながら、サラ ダにたっぷりのドレッシングをかけた。

一緒に過ごす時間が長くなる分だけ、考え方の違いだとか些細なけんかも少 しずつ増えている。だけれど仲直りをするたびに、けんかも言い合いも大切 なコミュニケーションなのかも、なんて思ってみたり。涙が止まらないのは きっととても大切に思うからで、しわだらけの封筒の中の手紙にはとても上 手とは言えない字でのっちの気持ちが書かれていて、また手帳が少し分厚く なった。

タオルにたっぷりの水を含ませて、冷凍庫にぽんと放っていた。おでこに乗 せたそのタオルを小まめに変えてくれて、その度におでこにおでこを合わせ て熱を測ってくれた。手をすうと伸ばすと「おばあさんみたいなことすなや あ。いっぱい汗かいたほうが風邪早く治るねんで」と握った手をもう一度布 団の中にそうっと戻されてしまった。

試験前なのにかけつけてくれて、寝付くまで傍にいてくれた。揃いのキーホ ルダーを付けた鍵を預けられるくらいとてもとても信頼できて、手を握って いるだけですうと眠りに付くことができるくらい安心できて。目を開けたら 「どした?」と目尻をぎゅうと下げたとびきりの笑顔。声にならない声で、 どきどきしたことを伝えた。

付き合うってとっても温かいことなんだなあって、思ったよ。

7月26日(火) 曇り

 

半年分のノートをたっぷりコピーさせてあげたお礼に、と滋ちゃんがハーゲ ンダッツのアイスを買ってくれた。半年分がアイスひとつ分かあなんて少し 物足りなさはあったものの、ひんやりと口の中でとろけたひとくちにすっか りご機嫌になってしまった。滋ちゃんとのっちと私の三人で、放課後のベン チでのんびりとお菓子の時間。

学生課の方が近くを通ったのでしばらく進路だとか部活のことについて長々 と話していたのだけど、最後に「それにしても本当に君たちは仲がいいよ ね。さやかちゃんはふたりのどちらかと付き合ってるのか?」なんて聞かれ て思わず下を向いてしまった。滋ちゃんはふははと笑っていて、のっちと私 は目を合わせてあたふた。これだからいつまでたっても私たちはみんなから 子ども扱いなのかなあ、なんて。

*

ピンポンとベルが鳴ったので、泡でいっぱいのグラスを水に浸して鍵を開け た。ドアを開けようとするとドアの向こうで誰かがぎゅうとドアを持ってい る。もう、と鍵をぱちんとかけるとドアの向こうで「わあごめんって!」と 少し笑いをこらえたような声。そうっと、もう一度鍵を開けると同時に私は すっかり彼の腕の中にいた。会いにきたよ、と声だけでも彼のくしゃっと笑 った顔が想像できてしまう。ありがとう、と笑った。

ごろんと横になっていたら、どこからか耳掻きを見つけてきた彼が私の耳を かさこそとかきだした。くすくす笑っていると「ほんと耳小さいなあ。こん な小さいの生まれて初めてかも」なんて言っていた。彼は私のコンプレック スだと思うところを全て好きだと言ってくれる。幼すぎる声も、低い鼻も、 丸い頬も。「小さいけど耳まで可愛いやあ」なんてまた、笑ってくれた。

うとうとと、彼といると本当に心地がよくてすぐに眠たくなってしまう。風 がぴたりと止んでごろごろと寝返りをうってばかりいると、また優しい風が 吹いてきた。ふと目を開けるとのっちがいつだかの試合のパンフレットで扇 いでいてくれた。お父さんみたいだ、と思った。やっぱり何だかとっても心 地がよくてまたすぐに眠たくなってしまうのだけれど。

7月13日(水) 曇り

 

雨が降っている日は必ず、いつか私が貸してあげたタオルを頭に巻いてくれ る。ヘルメットを取って、「返そうと思うのにいつも雨だ」なんて笑ってい た。ひとつひとつ、だんだんと彼のものになっていくのが嬉しくて。少し雨 の匂いを纏ったプーさんの大きなぬいぐるみは、彼のお兄さんの部屋にあっ たものみたい。「俺が部屋に飾ろうと思ったけど、絶対欲しいって言うと思 って」と。ありがとうの代わりに、ぎゅうとプーさんを抱きしめてみた。

色違いのグラスに、彼の大好きなアップルティー。ぱちんと電気を消すと、 小さなスクリーンが浮かんだ。映画館で見る映画ほど好きなものはなかった のに、こうやってDVDで見るのも好きだ。くすぐったいセリフが囁かれるたび に彼が耳元でそれを繰り返すので、ほんの少しだけヒロインになったような 気分。映画と違ったのは、キスがアップルティーの味だったこと、かな。

目を閉じて夢を語る彼はとても幸せそうだった。部屋に響くのは彼が大好き だという曲。こんなふうに歌で人を元気付けられるってすごいやあ、と笑っ てた。将来は音楽に関わる仕事がしたいみたいで(アーティストとしてでは なく)それを一番近くで見守れたらなあ、と思う。大学に入って友達とも将 来について話す機会が増えたけれど、そのたびにきらきらとしているみんな に刺激を受ける。私も、きらきらと、誰かの瞳に映るのかなあ。

*

「ほんと、さやかって響きがよく似合うよ。」と、ふと思い出したように言 うので、じわじわと照れくささが耳の後ろを登ってきた。自分の名前は以前 から好きだったけれど、また少し好きになった。くすくすと笑って、私も彼 の名前を呼ぼうと思ったのだけど何だかやっぱり照れくさくて呼べなかった。

7月10日(日) 曇りのち雨

 

閉じたままの傘のシルエットが好きで、少しでも空が重かったら傘を持ち歩 くことにしている。今日もあんまり出番がなかったね、なんてときどきアス ファルトに傘の先を当ててみたりして。本当は来てほしくてしょうがないの に、大丈夫だから心配せんで、なんて強がり。それをふはっと見破ってくれ て、いまから行くからと笑ってくれた。

大阪での試合観戦の帰り、終バスを逃してしまってふはあとため息をつきな がら歩いていた。以前にも何度もあったことだけれど、あのころみたく足取 りが重くないのは電話の向こうにあのひとがいるからかなあ、と思った。遠 くにバイクの音がして、みつけたとばかりにライトが私を照らしていて、来 なくてよかったのに、なんて素直さのかけらもない言葉を彼は笑って受け止 めてくれた。

友達のころからけんかが絶えなくて、いまもそれは変わっていないのだけれ ど。涙を流すたびにいつの間にこんなに大切になったんだろう、だとかそん な気持ちの変化に少し戸惑ってしまう。「俺泣かさないって言うたのに最近 泣かせてばかりやなあ」と、ぎゅうと包んでくれて、ふたりでごめんなさい を言い合った。見た目よりもうんと大きな肩は、私を素直にさせてくれる。

*

大切な人がいて、大好きな人がいて、夢があって、手帳と日記はいつも溢れ るくらいに日々を色付けていて。しばらくパソコンと向き合っていなかった のですが、やっぱり大切過ぎる日々はどうしてもここに書き残しておきたい です。なのでこっそりと戻ってきました。

先日、後期から始まるゼミの新歓があった。その中に恋人くんの友達がいた みたいで、「俺の友達がむちゃ可愛い言うてくれてたで。雰囲気が一番純粋 そうで、いい彼女持ったなあって言われた」と彼。みんなが男の子とわいわ いしゃべったりしていた中で、私はそういうのが少し苦手なのでにこにこと していただけだったのだけど。

高校生のころまでは周りに合わせよう合わせようとしていたけれど、自分ら しくいることがとても大切で、それに気づいてくれる人がいること。きっと それはとても幸せなこと。そのひとつひとつを零さずまた書き綴っていけた らと思います。

7月9日(土) 曇りときどき雨

 

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