水色とイルカが好きだと言っていた彼女にぴったりの、レターセットを見つ けた。ことばに想いを込めると、自然と文字がやわらかくなる。この想いが 伝わるといいなあ、届くといいなあ。黒板に書く字をきれいにしたいから、 と習字教室へ通い始めた彼女はきらきらとしていた。そのまっすぐな姿勢は 時間を越えて私に刺激をあたえる。

白い紙でできたテーブルクロスに、ボールペンですずらんの花を描いた。じ いとそのようすを見ていた妹が、雨に濡れているところかあ、と真似てまあ るいすずらんの花を描いていた。すうと細く伸びた指先がとっても女の子ら しくて、中学生らしい日に焼けた肌から元気をもらえた気がした。すずらん の花の隣に、すうと伸びる葉を描いた。

「何かあったら助けにくるから、ここまで」と、22時過ぎの住宅街に響いた のは、いつか大好きでしょうがなかったひとの声。教室で、その声を追いか けてばかりいたんだっけ。あの頃と同じように何も話せずにいたから、その ことばが今日の最初で最後のものになった。やっぱり君には敵わないなあ、 と車が遠くなっていくのを見送りながら笑った。

*

玄関のドアを開けて、ころころと引きずっていたキャリーケースを立てかけ た。冷蔵庫の音だけが響いていて、カーテンの向こうに街灯のあかりが見え た。まくらに顔をうずめてうんと息を吐く。いつから、神戸の生活のが落ち 着くようになったんだろう。このことを伝えたら、お母さんはどんな顔をす るのかなあ。

苦手だった麦茶の香りを、目を閉じて体いっぱい感じるようになったこと。 日々は繋がっているはずなのに、なあ。花火の音は遠くて、まぶしくて。高 速バスは時空をも超えて旅をしてしまうのかなあ、高松で過ごす日々は何だ か夢みたいだ。きらきらとまぶしすぎて、さっきから目を閉じてばかりいる よ。

*

会うたびにのちの腕が日に焼けて焼けて、色白とは言えない私ものちのそれ と比べるととっても女の子らしくなってしまう。部活に戻ったのちは、とっ ても日々が充実しているよう。真っ青な空を仰いで何かを想っているのかな あ、氷を首の後ろにあてて目尻をうんと下げて笑っているのかなあ、ボトル に入った水でグラウンドに文字を描いているのかなあ、なんて。

大きなサンバイザー、ぐいっと下げられた。目の前にはのちがいて、くすく す笑っていた。ふいに頭を撫でられて、私は下を向くしかできなかった。か かとが擦れて、砂埃でいっぱいのシューズが見えた。それはまだ付き合うこ とになるずっと前の、きょうみたいな夏の日、グラウンドでのこと。

8月13日(日) 晴れ

 

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