「隣り合わせに座っても、体を向けて大らかに話を聞こうとしてくれるから、 外国のひとが好きなの」と、笑ったひとがいた。親しい友人と隣合わせに座 ったとき、ふとそれを思い出した。私はというと、体を前に向けたままで。 耳を傾けて、体を向けて、彼女の話に聴き入ってみる。すうっと、ひとこと が芯に響いていく。

愛しいひとの頬を両手で包むように、マグを撫でる。指先がじんと融けてい く。追う夢があることも素敵だけれど、笑い誇り合える過去があることも幸 せだ。離れても、緩くも長く繋がりを持てるであろう友人がいること。とて も、幸せだ。窓ガラスの向こう、小太りの猫がこちらをじいっと見たあと、 ふいと尾を振り歩いていった。小さな町の、静かな午後。

*

あと何度、この原付の音を聞くことができるのだろう。トトン、と、深夜に 響くノックの音を聞くことができるのだろう。新しい町でも、彼の羽織るジ ャケットに頬を埋めれば、季節を感じることができるのだろうか。迫る引越 しの日、を不安に思う私を笑うかのように、彼はごろごろと私の部屋を彩っ た。テーブルに転がるみかんの山、君は私の頬を緩ませるのがとても上手だ。

猫みたいに目を細める彼の頬に、頬を寄せる。猫みたいやなあ、とのちがく すくすと笑いながら頬を撫でてくれた。目の奥が、ぐうと熱くなる。離れて も、長くも緩く繋がりを持てるであろう恋人がいること。ねえとても、幸せ に思うよ。とても、君が大切です。

1月31日(木) 曇り

 

急ぎではなかったので、バスを最後に降りた。横断歩道の少し手前、傘を差 していない女の子がいた。ランドセルは錠前を留めていないのか、ぱたぱた とさせながら雨を弾いていた。ガードマンの手信号が青になる、少し前。そ うっと傘を、彼女のほうへ。それに気付いたのか、ふっと顔を向けてくれた。

小雨の、屋根のない小さな町。のちが私の手をきゅっと握り返すみたく、彼 女はきゅっと寄り添ってくれた。目に映るもの全てが不思議で、魅了されて いた幼い頃。それはこんな風にゆっくりと歩んでいたから、なのかな。駅ま でのその瞬で、私はきょう笑顔でいられた。

*

いつだったか、これからふたりで行きたいところを思いつくがままに並べた ことがある。居酒屋でふたり向かい合って、アンケートの裏に並べたのだ。 ぽつ、と少し滲んだインクのあと。やがて叶えられた願い事がいくつもあっ たよ。長く時間をともにするというのは、こんなにも心を満たすことなのだ な、と。

電話の向こう、昨日とは違う幾分明るい声がした。のちは、案外この春の旅 行を心待ちにしてくれているようだ。寝転がって、天井にいつかのアンケー トを置いた。笑い声に、笑い声を重ねて。優しい猫みたいな声色は、とげと げとした心をきゅっと融かしていく。

*

くるくると、内側から見上げる傘の模様。雨粒を弾くおと、町を急ぐタイヤ のおと、いつかの笑顔。ひらひらと手を振って、小さな背中を見送った。け さ実はね、この傘の柄を取ったとき。ふっと、重みを感じていた。そんなこ と最後に綴ったところで誰もが笑うだろうけれど。

小さな、いつか忘れてしまいそうな素敵な予兆。それは続くもので、親しい 友人の幸せな報告に頬が緩む。来る春に祝福の言葉を、心を込めて伝えてい きたい。心からの、おめでとうを。

1月28日(月) 曇りときどき雨

 

深夜の静か過ぎる空に息を浮かべて、耽るのはいつかの賑やかな夜だ。彼ら と離れてからの私は、いつもどこか上の空で。この小さな町で、知り合えた こと。一人暮らしだったのに、この町には誰よりも心を許せた家族がいたん だよ。ねえ、いま、会いたいです。

*

鞄の中に一通、お守りよりも意識をして持ち歩いている手紙がある。小学校 のときの、担任の先生からの手紙だ。いつかの夏、彼女に似合う水色の便箋 で思いを綴った。私はもうすぐ、初めて会った頃の彼女と同い年になる。き らきらと、私も誰かの眼に映るかなあ。何かを、与えられるかな。

「あの3年間は、私にとっても本当に貴重で幸せなものでした」

過ごした同じ時間を、互いに大切だと言えること。そのことが幾年を経た今 の力になるだとか、こうやって気付いていくのだなあ。先生の綴る字はとて も丁寧で、先生が書く私の名前がとても好きで、それは今も同じで。心がく すぐられる、とても心地良く。

*

腫らした赤目をあんなにも心配してくれる仲間とは、これからそう、なかな か巡り会えないと思うよ。自身の住む町の夜を、あんなに素敵に案内してく れる仲間とは、会えないと思うよ。深夜の静かな町の、スピードだとか輝き だとか、この町がこれからも私の中で一番であってほしいとさえ思う。

ここで過ごした4年間も、貴重で、幸せなものとなったよ。ありがとう。

私もね、赤目の友人を見つけたら、迷惑がられてもいいから玄関のドアを叩 いてでも傍にいてあげたいと思うようになったよ。赤目の友人を助手席に乗 せて、その涙目で見る星が綺麗だということをそっと伝えたいと思うように なったよ。ねえ、最後に皆と会いたいよ。会いたい。

1月25日(金) 晴れ

 

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