冷たいミルクに、バニラシロップをひと滴。こんなに外が冷えるのに、と笑 われるかもしれないけれど、不思議と心が安らぐのだ。大丈夫、部屋はいつ だって温かい。そろそろシロップの小瓶がなくなるから、新しいのを買いに あの町へ行こうかな。降り立つ町で迎えてくれるひとがいるというのは、と ても幸せなこと。

のちの、古くからの友人が遊びに来ているというので会いに行った。ふたり はいつだって穏やかで、交わす言葉のやりとりが温かく、優しい。見ず知ら ずだった私のことも温かく受け入れてくれて、こうしてご飯を食べに行くよ うになり二年が経った。彼の周りは、いつだって温かい。

住む町が遠く離れていても、会うなりまた時間が進み出す、というのかな。 親しい人と過ごすときの、独特の満たされた時間。彼と、彼の友人のふたり のやりとりをみているのがとても好きだ。彼らはきっと、ずうっと大人にな ってからもこうして笑い合っているのだろうなあ。そのとき、またこうして 私も隣で笑っていたい。

さっきまでのちが被っていた白い帽子を深く被って、ひとり電車に揺られて 帰った。街と街を結ぶ、日曜の夜の電車。思っていたよりもずっと人が疎ら で、ゆったりと座ることができた。読みかけの本の、面白いフレーズに頬を 緩める。心が、穏やかだ。降り立つ町、このあいだの陽気が嘘みたく風が冷 たい。新しいあの部屋で、ゆっくりと温まらなくちゃ、なあ。

2月24日(日) 曇り

 

眠る前に読んだ本に、「人が欲しがっているものを先取りする」というフレ ーズがあったので、彼女を笑顔にさせるささやかなプレゼントは何だろう、 と幸せな悩みに耽る。春から近くに住む同期のえんちゃんが、新居に少しず つ荷物を持ってきているのだそう。インスタントのお蕎麦を片手に、けらけ らと笑う彼女を想像しながら、横断歩道を渡った。

雪が舞うだけで、レトロな自転車をみつけただけで、笑い声を曇り空に響か せることができる。笑顔に、ひとは集う。幸せは、集うもの。こうしてまた、 心から頬を緩ませられるようになってよかった。目を腫らすよりも、肩を震 わせるよりも、頬を緩ませるのはとても心地が良くて、それでいて私らしい 気がする。

これから、が増えていく悦びに満ちる。少しばかり無機質に感じていたこの 町に、温もりをみつけていく。小さな公園の隣、白壁にカフェの文字をみつ けた。笑顔に、温もりに、ひとは集い、幸せは集うのだ。時折響く、結婚の 文字。キャラメル風味のデザートを囲んで、そんな言葉を自然に口ずさめる 年齢になったのだな、なんて。

そんな甘い会話を愉しんだあとだったから、親友からの「披露宴でのスピー チを頼んでもいいかな?」という深夜のメールがたまらなく嬉しかった。彼 女のために言葉をゆっくりと紡いでいくと、自然と心が穏やかになる。暮ら す場所は違えど、いまの彼女がどんなふうだとか、すぐにわかるのだ。しば らく会っていないけれど、きっと今日も彼女は笑顔だ。

2月23日(土) 曇り

 

いつもよりも結露が窓からの光を蔽っていなかったから、きょうは暖かくな るぞ、と父の声が聞こえた気がした。木調のドアや、柱が使われている部屋 を選んでよかった、と思った。白色ばかりの部屋はどこか淋しく感じるから、 温もりを差し色に、すぐに馴染めるように。新しい町での暮らしは、思って いたよりもずっと心地が良い。

いつか晴れた日に、白く塗った赤いテーブル。ミシンがなくて仕方なく手で 縫った、棚を覆うカーテン。ひとつひとつの家具や、雑貨、それぞれに思い 入れがあっていつも手放せない。それらがあるから、新しい町でも安心して ぐっすりと眠れるのだろうなあ。これからも、大切にしたい。

手を温めて、先の細いボールペンを滑らせる。「遠くに住んでいる人に手紙 を書きましょう」と、小学生のとき、国語の時間に先生が笑っていた。遠く に住んでいる人、だなんてそのときは従姉妹の女の子しか思い浮かばなかっ たけれど、いまは両手両足だって足りないほど、だ。年を重ね場所を移るこ との醍醐味は、ひととの繋がりが豊かになることかもしれない。

ポケットから珊瑚をいくつも出して、この間のみかんみたくごろごろとテー ブルに並べてくれた。くすくすと笑って、その中でも角がまあるくなって可 愛いのを小瓶にいれた。沖縄から帰ったばかりの彼は眠たそうで、目をうん と細くさせて笑っていた。おかえり、会いにきてくれて、ありがとう。

2月22日(金) 晴れ

 

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